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~これでも仕事用です~

おかげ様で一周年

果たしてどれくらいの方に読んでいただいているかわからない当ブログ「Goodlucklight!」ですが、この度一周年を迎えることが出来ました。 ま、言ってもたかだか一年です。ハンドルネームでやってるブログとか14年近くやってるんだから、それに比べたら全然…

ヨシミツ家の人々番外編・ヒデジの思い出

ま、何はともあれ「ヨシミツ家の人々」を読んでいただかないと説明もままならないのですが、かいつまんで説明すれば、これはワタシの母方の家族の一代記です。 ワタシから見れば祖父になるセンゾウ、祖母のオテイ、叔父のヤスシ、ヒデジ、ブンゾウ、そして母…

ヨシミツ家の人々の補足とサヨナラ2015

昨日まで書いておりました「ヨシミツ家の人々」は下記のアドレスからまとめて読むことができます。 http://gumiyoshinobu.hatenablog.jp/archive/category/%E3%83%A8%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%84%E5%AE%B6%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8 いくつか補足を。 ・戦…

ヨシミツ家の人々10

最終回です。 人間には相応しい死期があるとつくづく痛感します。 オテイが亡くなったのはヤスシの妻である叔母が本格的に経営に携わり出した時期で、センゾウが亡くなったのが沿岸部への広い工場へ移転する寸前です。 彼らは、いわばヨシミツ家が昇り調子の…

ヨシミツ家の人々9

長々と書かせていただいた「ヨシミツ家の人々」、今回を含めて残り2回です。 さてと。 センゾウは口癖のように、3人の息子たちに言って聞かせた言葉がありました。 「ええか、毛利元就の『三本の矢』や。どんな時でも兄弟三人が力を合わせてやっていけ」 一…

ヨシミツ家の人々8

これまでもサンプル程度に当時の写真を載せてまいりましたが、今回はワタシが所有している写真をドバッと、ドバッとは言い過ぎですが、ま、何枚かピックアップして貼ります。 題して「ヨシミツ家のアルバム」 ↑まずはこれ。センゾウです。時代は・・・老け具…

ヨシミツ家の人々7

しかしヤスシは「鍛冶屋の跡取りになる」という、いわば宿命に素直に従ったわけではありません。 高校を中退したヤスシは友人数名と起業します。 いったいどんな業種だったのか、これはヤスシが生きているうちに聞いておくべきでした。しかし話を総合すると…

ヨシミツ家の人々6

この文章は「ヨシミツ家の流れを振り返る」ためのものですが、実際はすべてを書いているわけではありません。 特に登場人物はかなり整理しており、1946年に末っ子となる男の子、ブンゾウが生まれていますし、曾祖母(=センゾウの母)が同居していた時期もあ…

ヨシミツ家の人々5

前回の続きを始める前に。 以前ワタシは「ヤスシは戦時中のことをあまり語りたがらなかった」と書きました。まずはその理由から書いていきます。 終戦前までのヨシミツ家は軍事需要もあり羽振りが良かった。が、戦後になるとセンゾウの商才のなさも手伝って…

ヨシミツ家の人々4

今では少し変に思えますが、戦前の時点では、いや戦後もいつぐらいかまでは、まず土地を買って、そこに家屋を建てる、という発想は少なかったらしい。(発想の問題だけではなく法律の問題が大きいんだけど、ややこしいんで割愛) ヨシミツ家も住居兼工場は持…

ヨシミツ家の人々3

前回までにひと通り登場人物が出てきたので、簡単に復唱したいと思います。 ()内はワタシから見た関係です。 ・センゾウ(祖父)=1907年生まれ。1945年時点で38歳。三宮駅の北側で鍛冶屋を営む。寡黙でモダンで新し物好き。 ・オテイ(祖母)=1916年生ま…

ヨシミツ家の人々2

前回更新分を含めて「ヨシミツ家の人々」はタイトル下にある「ヨシミツ家のこと」からすべて読むことができます。 ヤスシが2歳になった1941年、ヨシミツ家に第二子が誕生します。名前はヒデジ。長男のヤスシもヒデジも、名前で判る通り男の子です。 ヨシミツ…

ヨシミツ家の人々1

今回からワタシのルーツであるヨシミツ家のことを書いていきます。 タイトル的には「楡家の人びと」ですが、あそこまでドラマチックなことは起きてない。だから、ま、セルフファミリーヒストリーです。いや、ファミリーヒストリーよりもさらに何にも起きない…