~これでも仕事用です~

謎のタアキイ

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以前、ワタシの芸能の戦前モダニズムの絞り方として『看板としてエノケン、ロッパ、笠置シズ子の三名を中心に見ていくのが一番わかりやすい』と書いたことがありますが、実はこれ、間違いなのですよ。

エノケンとロッパはいいとして、笠置シズ子は戦前期、有識者間や都心部では抜群の評価だったけど、極めて狭い範囲の人気者だったことは疑いようがない。
レコードも数枚しか出してないし、映画も脇役での出演が確認できる程度で主演作はない。これでは地方に響かなくて当然です。
笠置シズ子が本格的に人気を得るのは戦後で、「東京ブギウギ」のヒットで「声」が売れ、新東宝で撮られたエノケンとのコンビ主演映画で「顔」が売れた。
戦前の「ズバ抜けた能力への評価」と戦後の「大衆の心を掴んだ」こと両方合わせて金看板といえるんじゃないかと。

本当は笠置シズ子の代わりに入れるべき大物がいます。タアキイこと水の江瀧子で、戦前期の笠置シズ子同様レコードもそんなに出してないし、映画もほとんど出ていない。
にもかかわらず、その人気たるやエノケンロッパと比類すべきだったといいます。
ところが如何に凄い存在だったか、まったく実態がつかめないのです。

ワタシが子供の頃「独占!女の60分」(テレビ朝日製作)って番組があって、何故か系列の朝日放送ではネットされておらずサンテレビでやってましたが、ワタシは毎週見てました。
この番組の司会をつとめていたのが水の江瀧子で、これが実に、どうも、不思議な存在感で、パッと見はニコニコしたおばあちゃんなんだけど、品がいいわけでもなければ下品でもない。「収まり」はいいんだけど、姐御とか女帝というほどの押しもない。あっさりしすぎでもなく馴れ馴れしすぎるわけでもない。
では平凡かというと、まったく違う。おばあちゃん、のはずなのに、映るとパッと花が咲いたかのように画面が明るくなる。
とにかく現在まで類似する司会者をひとりも知らないわけで。

ワタシの中で「水の江瀧子」といえば、この番組と「オールスター家族対抗歌合戦」(但し司会の萩本欽一が叫ぶ「古関裕而さん!水の江瀧子さん!」といった審査員紹介で名前を呼ばれていること以外、何も記憶がない)のイメージがすべての期間が圧倒的に長い。
とはいえ、一緒に見てた親か祖父母かに「この人、昔は大スターだった」って聞かされてはいました。
これも不思議なんだけど、え!?この人が!みたいな違和感も別段なかったことははっきり憶えている。ああ、言われてみればそんな感じだな、くらいには思えたんでしょうね。
色川武大によると、水の江瀧子は全盛期ですら「容姿100、踊り70、唄ゼロ」と言われていたらしいし、「独占!女の60分」の頃でも、たしかに老けてはいるんだけど、妙な華やかさがあったことは確実です。

しかし「容姿100、踊り70、唄ゼロ」と言われた、しかも全盛期の映像がほぼ皆無の人を、全盛期から80年以上経って「何故そんなに人気があったか」を探ることはさすがに不可能で、本来ステージでしか感じとることが出来ない「華」がすべての人なんだから、後年の評価は無理ってことになってしまう。
唯一全盛期のステージを収めた映像が1936年に撮られた松竹映画「男性対女性」に入ってますが、結局これを観ても「たしかにタアキイは男役スタァだった」ってことが確認できるだけで、それ以上のことを読み取るのは不可能です。
タアキイは全盛期に数枚のレコードをリリースしてますが、何故か今発売されているオムニバスCDの類いにはほとんど収録されていません。

ただし、とっくに廃盤になってますが、「松竹歌劇 戦前編」という3枚組CDには水の江瀧子歌唱曲が20曲近く収録されています。
これに収録されている楽曲を聴いたら、かえって「何故人気があったか」がわからなくなる。というのも、これがどれもこれも、かなり酷い。
ほぼ同時期に活躍した川畑文子の歌唱力もね、なんともはや、としか言いようがないんだけど、似たり寄ったりというか、もしかしたらタアキイの方が酷いかもしれない。(ま、これは「ここまで歌唱力皆無にもかかわらず大スターだった」という逆証明になるかもしれないけど)
色川武大は「あの音痴風の歌唱が好き」と書いてますが、これは生のステージを観たことがあるからこその感想で、レコードやCDという下駄も何もないメディアで聴いたら(それも80年後に)、とてもじゃないけど、そんな無邪気なことはいえません。

本人はかなり長生きして、日活のプロデューサーとして活躍したり、あのロス疑惑の時には変な登場のさせられ方をしたけど、戦後のほんの一時期を除いて、全盛期から連なるような仕事はしていない。
だから「如何に人気があったか」はわりと簡単にわかるけど、「何故人気があったか」が極めてわかりづらい水の江瀧子を、エノケンロッパと同列に金看板扱いするのは、ワタシには無理です。
とにかくわからないことが多すぎる。

ただこれだけはいえる。色川武大は「美人じゃない」と書いてるけど、ワタシの審美眼でいえば戦前の芸能人の中ではズバ抜けて美人だと思う。
ただの美人じゃなく愛嬌があって可愛さを兼ね備えた美人。今でいえば能年玲奈にちょっと似てるけど、能年玲奈をさらに美形化したのがタアキイだと。どちらかといえば「ボーイッシュな美少女」といった方が正しい。サバサバした雰囲気なんだけど、のちの宝塚の男役のような、押し出すような迫力はないし、かなり女性寄りの男役だったと思う。
戦前の美人女優はどうも、面長ののっぺり顔(千葉早智子とか花井蘭子とか)か、もしくは入江たか子原節子のような異様なほど目鼻立ちが強調されたタイプのどっちかしかいなくて、タアキイのようにハッキリしたシャープな顔立ちの人はほとんどいない。かといって以前書いた堤眞佐子のようなクセの強い造りでもない。

タアキイといえば女性ファンの多さが伝説的に語られますが、たぶん男性ファンも多かったんじゃないかね。だって、本当にズバ抜けてるもん。