~これでも仕事用です~

スィート・アーちゃん

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タレントとして成功するのに、妙な説得力があるって条件は入れていいんじゃないかと思っています。
説得ったって言葉で説得するんじゃない。仮にどれだけハチャメチャやっても、そのハチャメチャぶりに不安になりながらも、ま、これでいいよねって思ってしまう。それが説得力です。

昔のビートたけしとかもそうなんだけど、やはりマルクス兄弟のハーポ・マルクスに敵うものはない。あれだけ一切脈略なく行動してるにもかかわらず、奇妙な説得力があるんだから。
それがヴァラエティや舞台ではなく、観客との間に距離がある映画でやってのけてるんだから凄い。

この文章も脈略がなさそうなんですが。
今回取り上げる岸井明は何度か名前を出してますが、日大相撲部出身だったらしく、肥った大男です。にもかかわらず気の弱い、しかも甘くて惚れっぽいような役どころが多くてね。
こんな大男が気が弱くて甘い?なんだか文言で書くとウソっぽいのですが、実際岸井明が演ると、妙な説得力があるんです。
明るくて大食漢で妙に弱気で、体型のわりに動きは軽快で・・・ここまで書けばお判りでしょう。そうです。岸井明こそ現在デブタレントと呼ばれる人たちのフォーマットを確立させた始祖なのです。

しかも昨今のデブタレントとは違う、岸井明だけの武器もあった。それが歌です。
いまの感覚で上手いか?といわれると、それなり程度ですが、それでも当時としては珍しい、ジャズのフィーリングを完全に自分のものにしており、さすが「ジャズ狂いだった」といわれただけのことはあります。

岸井明は相当の枚数のレコードをリリースしていますが、どれもこれも本当に名盤揃いで、それは歌唱だけではない岸井明の貢献があるからとしか思えないんです。
戦前期のジャズソングですから、もちろんほぼカバーですが、吹き込んだうちかなりの数の楽曲は自身で訳詞を付けているのです。
完全な意訳なのですが、これが実にリズムに乗っていて、日本語であることを意識せずに聴くことができる。

もうひとつ、そもそも岸井明がレコードを出すことになったのは、当時P.C.L.管弦楽團のバンマスだった谷口又士と親交があった岸井明が、どうしてもジャズソングを吹き込みたい、というリクエストがあったからです。
だからか、当時のジャズレコードの中で岸井明歌唱のものだけズバ抜けて演奏のクオリティが高い。瀬川昌久氏も「世紀の楽団」(アレキサンダース・ラグタイム・バンド)を「戦前最高の演奏」とおっしゃってるくらいです。
岸井明自身がどこまで口出ししてたかはわかりませんが、「ジャズ狂い」の彼に呼応するかのように、どの曲も極めてレベルの高い演奏です。
「世紀の楽団」もだし、「スーちゃん」(スィート・スー。ちなみにタイトルの「アーちゃん」ってのは岸井明のニックネーム)なんかも本当にいい。

さて、以前平井英子のことを書いた時に「煙草屋の娘」という曲について触れたのですが、色川武大によると、岸井明と平井英子の組み合わせだけではなくて、岸井明と高峰秀子のコンビで歌われたこともあったらしい。それが映画なのか舞台なのかはわかってませんが。(高峰秀子ソロの「煙草屋の娘」というレコードがリリースされているが、これは同名異曲)

しかし個人的には、高峰秀子より平井英子の方がそそる。高峰秀子は戦前を代表するアイドルで、のちに言わずと知れた大女優になるわけですが、高峰秀子では格が上がりすぎる。それにともに東宝のスタァということもあり、組み合わせ的にも新鮮味がない。
そこへいくと平井英子は児童歌手出身で、変声期を経て、つまり子供から恋する乙女の年齢になってね、デュエットを組んだ相手が「少女に恋焦がれる」ような甘い役が多い岸井明、というのが実に物語性があって、良いのです。

「煙草屋の娘」はコミックソングの要素もありますが、初々しいラヴソング、いやスィートソングで、それまで岸井明が歌ったような高い演奏力に支えられたものではないものの、非常に高い構成力の、洗練された楽曲です。
3分28秒の短いスィートストーリーでありながら、登場人物に感情移入できるほどの説得力がある。
これは平井英子の存在に物語性があることもですが、やはり岸井明に独特の説得力があったと見做すのが妥当だと思うわけで。
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