~これでも仕事用です~

タイムラグを作る

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前々回に予告した通り、「Gumi-chan1961」の舞台となっている1961年(昭和36年)前後のことを書いていきます。
まずは舞台設定にたいする根本的な話から。

「Gumi-chan1961」でよく聞かれる質問のひとつに「何故1961年の世界が舞台なの?」ってのがあります。
その理由を書く前に大前提を書いておきます。

・グミちゃんはアカオカズミの幼少時代がモデルである
・アカオカズミは1961年生まれである
・グミちゃんは小学一年生である

史実に照らし合わせるなら、アカオカズミが小学一年生の頃は1967年になります。しかしグミちゃんの舞台は1961年。
何故に6年ものタイムラグが生じたか、いや意図的にやってるんだから、何故生じさせたか、です。

みなさんは1961年といえばどんな時代だと思いますか?
こういう質問をしても、おそらくまとまった意見なんかないはずです。年齢によっても住む地域によっても、はたまた趣味趣向によっても、相当変わるのは当たり前です。

三丁目の夕日のような牧歌的な時代」
「高度経済成長の初期で活気があった時代」
「カタカナ職業が持て囃されたモダンな時代」
「公害問題が浮き彫りになり不衛生な時代」

ひと言でいえば、どれも正解なんです。しかも正解はこれだけではない。まだまだいっぱいある。
それは二十一世紀の今ってどんな時代?という質問をしているのと一緒です。んなもん多種多様の答えが出てくるに決まってる。
でも今は田舎と都会でそこまで文化(風習や気質ではない)が違うわけじゃありません。それは情報の伝達速度が信じられないくらい早くなったからです。

ワタシは一昨年までロンドンに住んでいましたが、インターネットさえ繋がっていれば、日本に住んでいるのとまったく同じタイミングでニュースを知ることができた。
ましてや、もちろん細かく番組表は違うとしても、同じテレビを見れる日本国内なら、完全に同じだと思うんですよ。

しかし1961年当時はそうじゃありません。
インターネットがないのは当たり前として、テレビだってNHKしか映らない地方もあった。
映画もね、当時は小規模な地方都市にも映画館の一軒や二軒はありましたが、都会に比べるとかなり遅れて公開されるのが常でした。
新聞はリアルタイム、雑誌は2、3日遅れ程度だったとしても、今とは比べ物にならないほど文化の伝達速度は遅かった、と見るのが妥当です。

とはいえ、さすがに6年のタイムラグってのは、本当は「やりすぎ」なんです。いくらなんでも都会と田舎で6年もタイムラグがあるはずがない。
しかしあり得ないからこそ、そこに奇妙な時空間の歪みが起こる。もちろん詳細は1961年の史実のままなんだけど、グミちゃんの世界の住人は1967年の「ノリ」で動いている。つまり一種の平行世界になるわけです。

何というか、私小説なんかもそうなんですが、自分自身や身内をモデルにした作品の場合、あまりにも作品の設定と史実が近いとキャラクターが動かなくなってしまうのです。
実際初期のグミちゃんは史実にとらわれすぎて、キャラクターが身動きできなくなっていました。そこで「現実にはあり得ない、架空の1960年代を作ろう」と時代をズラすことにした。そしてこうすることによってキャラクターが動きだしたのです。

では何故、ズラしが5年でも7年でもなく6年、つまり1961年にしたのか、ですが、これは上記のような強い理由があるわけではなく複合技であり偶然です。

まずアカオカズミが1961年生まれだから。
また1961年は前後の年に比べて比較的凄惨な事件や事故が少なく、歴史的イベントもなかった。
さらに消去法でいえば、「1960年代」「昭和30年代」の両方にまたがっているのは1960年から1964年です。
そしてテレビが各家庭に入ってきたのは前々年の1959年の皇太子殿下御成婚だと言われていますが、タイムラグを考えて田舎にも1961年頃に購入する家も多かった。逆にこれが「カラー」になるとイメージが変わってしまうので、1964年=東京オリンピックの前にしたかった。
つまり落とし所としては1961年は最適だったのです。

でも一番の理由は、2006年10月に大阪の朝日新聞社内のイベントスペースであるアサコムホールで個展をやった時に、個展タイトルを「上を向いて歩こ♪」にしたこと、さらに同個展で展示した商店街のジオラマのタイトルを「10月16日」にしたことです。
「10月16日」という日付は個展の開始日が2006年10月16日からだけの理由ですが、これが決定打でした。

個展のタイトルは言うまでもなく坂本九の「上を向いて歩こう」のモジリですが、この曲のレコード発売が1961年。しかも正確な発売日は1961年10月15日。商店街のジオラマのタイトルとたった一日違い!しかもタイムラグを考慮すれば、1961年10月16日から店頭に「上を向いて歩こう」のレコードが並んだ可能性が高いのです。(ちなみに10月15日は日曜日なので、大都市部でない街のレコード屋は休業日だったはず)
こうなると、もう1961年以外の年にする理由もないわけで。
(余談ですが、初めてテレビで「上を向いて歩こう」が披露されたのが8月、坂本九がレギュラー出演していた「夢で逢いましょう」の今月の歌として毎週歌われたのが10月と11月。だからたしかにレコードは10月15日発売ですが、10月16日の時点ですでにある程度知れ渡っていた歌、といっていいと思う)

年代をズラしたことが「理屈」だとするなら、1961年に設定したことは「偶然」といっていいのかもしれません。
しかし時には理屈より偶然の方が大事な時もある。だいいち理屈ばっかりだと頭デッカチの作品になるのが見えてるし。しかも理屈にも逆らってないわけだから偶然に逆らう必要も、どこにもない。
結果的にこの偶然がさらなる偶然を生むことになるのですが、それはまた別の話です。
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