~これでも仕事用です~

めくるめく可能性

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リアルタイムではなく、あくまて過去の出来事として、戦前の世界を小説や映画にしようという試みは幾度も行われています。
といっても大半が戦争絡みであり、仮に戦争そのものを直接描いていなくても、戦時下における市井の人々、といった視点になってしまう。

とはいえ戦前モダニズムを描こうという作品もないわけではありません。
たとえば「笑の大学」。古川緑波徳川夢声がいた「笑の王国」にヒントを得たであろうタイトルからもわかる通り、戦前の浅草における喜劇界を「検閲」というフィルターを通して描かれた三谷幸喜の戯曲です。
これはのちに映画にもなっており、こちらはより「戦前モダニズムの再現」に力を注いでいます。
笑の大学」が映画化されたのは名士・三谷幸喜の作だからでしょうが、本当は絶対映画化しなきゃいけない作品がある。
それが広瀬正著「マイナス・ゼロ」です。

若くして逝去した広瀬正(一応書いておくけど、広瀬「隆」ではない)は「不遇の天才SF作家」と言われていました。いました、なんてエラそうに書いてるけど、実のところ、ワタシが知ってたのは名前+αくらいだった。ま、SFに興味がない人間からすればそんなもんです。
しかし長く絶版状態だった彼の作品が復刊され、しかも「マイナス・ゼロ」はSFといっても宇宙を舞台にしたやつとかじゃなくてタイムスリップ物だという。
タイムスリップ物なら、それこそドラえもんとか、ずっと慣れ親しんできたものだからね。そこまで評判で、せっかく復刊されたんだから読んでみようかな、と。んで復刊されてわりとすぐに買ったわけで。

タイムスリップ物は整合性をどうするかってのが一番の課題で、特に「マイナス・ゼロ」のように入り組んだハナシは整合性を取るのが難しい。
読んでみてね、たしかにいろいろ頭がこんがらがります。指摘されるように、一部整合性がおかしいところもある。
でも、そんなことは一切関係ない。
とにかく、面白い!こんな面白い小説があったのかってくらい面白かった。もし「いや、SFとか苦手だし」なんて理由で読んでないとしたら実にもったいない(と同時に羨ましい)。

ワタシも先ほど書いたようにSFはどっちかっていうと苦手です。同時にやたら入り組んだハナシも苦手です。
にもかかわらず文句なしに面白いんだから困ったもので、まだ読んでない方のためにいっておきますが、100%理解しようなんて思わなくて大丈夫です。どうしてもっていうなら、ま、読後の方がいいんだけど、物語の中の出来事を時系列で整理してくれてる親切なサイトなんかもあるからね。

そして何より「マイナス・ゼロ」は非常に力を入れて戦前モダニズムの世界を書いた作品なんです。
1930年代の銀座界隈を描写するのに、広瀬正が相当念入りに調査したってのはよく知られていますが、この実にビビッドな描写のおかげで、読者が本当に1930年代の銀座にタイムスリップしたかのような錯覚におちいれるのです。
だから「戦前モダニズムには興味はあるけど、どこから手をつけていいかわからない」なんて人には、実は「マイナス・ゼロ」から始めるのが一番いいのかもしれない。変な話、戦前モダニズムなんて知らなければ知らないほど当時の描写を新鮮に楽しめるし、何より小説として抜群に面白いから。

Wikipediaにも書いてるあるように、藤田敏八が映画化しようとして、あまりにも1930年代の銀座のセットを組むのに莫大な製作費がかかるため断念した、というのも有名な話です。
藤田敏八が映画化しようとしたのは1970年代の話です。しかし今、つまり2015年以降ならどうでしょう。
それでもそれなりの製作費はかかるのかもしれないけど、なんたって今ならCGがある。「三丁目の夕日」からその流れはキープされてて、「CGを使って近過去を舞台にした映像を作る」ってのは、もはや常套手段です。

だから今こそ「マイナス・ゼロ」の映画化を、とは思うけど、ストーリー的にはこんな映画化が難しいものもない。どうしても、かなり大胆な改変が必要になる。
そこでどうでしょう。思い切って1930年代に比重をかけるってのは。広瀬正自身も1930年代の描写はもっとも力を入れて描いたんだから、これは作者の意向に沿った良い改変だと思うんだけど。
CGを駆使して、1930年代の銀座から有楽町あたりを再現する。もう、考えるだけで、ワタシなんかゾクゾクします。

どうせ完全映画化なんかどうやったって無理なんだから、それくらい割り切ってね、「マイナス・ゼロ」という作品の一部分だけでも切り取ってみせて、いわば見世物です。
んでハナシとして本当の面白さを味わいたいなら、あとは小説を読んでね、でいいと思うんだけどね。