~これでも仕事用です~

九ちゃん!!

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2006年、当時は「Gumi-chan1961」ではなく「こんにちはグミちゃん」という名称でしたが、この年初めて大都市で作品を展示しました。
大阪にある朝日新聞社内のアサコムホールで行った個展「上を向いて歩こ♪」がそれです。

それから8年後、イギリスはロンドンの、アルバマールストリートにあるポール・スミス・ショップで「Gumi-chan meets Paul Smith」というエキシビジョンを行ったわけですが、基本的な内容は大阪でやった時と一緒ながら、人形もセット(ジオラマ)もほぼ完全に作り直しました。
つまりバージョン1(2006年版)とバージョン2(2014年版)があるということになります。

作り直したのは、もちろんすべての面でブラッシュアップしたかったからですが、少しだけ著作権にも配慮しました。
2006年版で使われた映画館は「楠木東宝」という名称で、看板も1961年10月16日という舞台設定の史実のまま、当日に東宝系で公開されていた「世界大戦争」(松林宗恵監督、フランキー堺主演)と「アワモリ君乾杯!」(古澤憲吾監督、坂本九主演)でした。

さすがにこれはあんまりよろしくない、と思い、2014年版ではパロディー化しています。
楠木東宝は楠木「日映」になり、「世界大戦争」は「世界小戦争」に、「アワモリ君乾杯!」は粟本十主演の「サカモリくん万歳!」になりました。(余談ですが「世界小戦争」は単に「大」を「小」にしただけではなく、1966年に公開された「日本一のゴリガン男」へのオマージュです)

パロディー元である「アワモリ君乾杯!」は「アワモリ君」シリーズの第二弾で、前作(「アワモリ君売出す」)とこの「乾杯!」がモノクロ、シリーズ最終作となった第三作「アワモリ君西へ行く」のみカラーで、監督はすべて、のちに植木等映画のメイン監督になる古澤憲吾でした。
主演はもちろん坂本九ですが、主演格としてジェリー藤尾と森山加代子が出てくる。つまりこれは、彼らが所属していたマナセプロのアイドル映画ともいえます。
とはいえ「歌うスタァ」である坂本九ジェリー藤尾を揃えた映画ですから、当然のように、やたら歌唱シーンが出てくる。ところがこれが何とも強引なのです。

先述の通り、古澤憲吾は翌年の1962年に製作された「ニッポン無責任時代」を手始めに、東宝クレージー映画(先ほど挙げた「日本一のゴリガン男」もそのうちの一本)のメイン監督となるのですが、これらの映画でもセミミュージカルシーンがいっぱい入っている。
これらのシーンは強引といえば強引なんだけど、作品を重ねる毎に洗練されていきます。逆にいえば、初期の東宝クレージー映画、そして結果的にそのプロトタイプとなった「アワモリ君」シリーズは洗練さの欠片もない。
でもね、取りようによっては洗練されてない分、坂本九の持つ魅力がダイレクトに伝わってくるシリーズになっているのです。

さて、ちょうど「アワモリ君乾杯!」が公開されていた1961年10月15日、坂本九にとって、いや日本のポップス史にとってあまりにも大きな存在となる、エポックメーキングなレコードが発売されます。言うまでもなく「上を向いて歩こう」です。
結果的に世界的な楽曲となった「上を向いて歩こう」の素晴らしさについて、あらためて語ることはありません。強い哀感を持ちながらモダンさも失っておらず、世界的に売れた、というソロバン勘定抜きにしても文句なしの名曲です。
が、留意しておきたいのは、当時の坂本九にしてはかなり異質な楽曲だったということです。

坂本九はコメディアンではありませんが、間違いなくコミカルな芸風を売りにして芸能人として大きくなった人です。
先の「アワモリ君」シリーズも、坂本九のコミカルさを活かしたアイドル喜劇映画に仕上がっています。
だからそれまで坂本九のために用意されていた楽曲はかなりコミカルな要素が強い。そもそも坂本九パラダイスキングマスコットキャラクターのような存在でしたからね。

そう考えると、「上を向いて歩こう」のカップリング、当時の言い方でいえばB面ってことなりますが、「あの娘の名前はなんてんかな」の方が圧倒的に坂本九っぽい楽曲で、今聴くと「上を向いて歩こう」と「あの娘の名前はなんてんかな」の2曲揃って初めて「坂本九最高のレコード」といえるような気がする。
つまり「上を向いて歩こう」だけでは何かが足りない。それまでも、そしてこれ以降も、坂本九の魅力であるコミカルさが抜け落ちてしまうと思うのです。

上を向いて歩こう」が最初に歌われたテレビ番組は「夢で逢いましょう」(NHK)で、これはバラエティーショウ番組ですし、坂本九はその後も「九ちゃん!」(日本テレビ系)などでバラエティーショウ番組のメインパーソナリティーをつとめました。

「九ちゃん!」は「上を向いて歩こう」が特大ヒットした、当時の感覚でいえば「かなり後」です。(この番組の構成作家のひとりだった小林信彦氏に言わせれば、当時の坂本九は「上を向いて歩こう」の余波がひと段落した後で、人気面ではいわば「二軍落ち」状態だった、ということですが)
正直残された映像では、どこまで坂本九に「歌手」ではなく「コメディアン」としての才能があったかはわからないのですが、エノケン坂本九を自身の後継者に指名した、なんて話があります。

「日本の喜劇王」といわれたエノケンが、「コミカルなヴォーカリスト」である坂本九を後継者に、というのは一見おかしい。しかし、以前書いたように、エノケンを「喜劇的素養が豊富なミュージシャン」と捉えるなら、まさしく坂本九エノケンの後継者に相応しい。天性の溢れる愛嬌も、エノケン坂本九は共通しているといえます。(「アワモリ君」シリーズの第一作と第二作はモノクロで、しかも舞台が大学というのもあって、どことなく「エノケンの青春醉虎傳」や「エノケンの千万長者」を彷彿させるのも面白い)

ま、時代が悪かったというか、坂本九は映画ではあまり活躍できなかった。同じ古澤憲吾が手がけながら「アワモリ君」シリーズは3本で終了し、植木等を主役に据えた東宝クレージー映画は30作にも及ぶ人気シリーズになりました。(内、古澤憲吾が手がけたのは半分くらいだけど)
坂本九といえば「上を向いて歩こう」です。没後30年経った今でも、とても切り離せない。しかし彼が日本の音楽喜劇映画を支えていく可能性があった。それはわかってほしいな、と思ったりするわけで。
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