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~これでも仕事用です~

世界で一番カッコよかった駅舎

戦前モダニズム
f:id:gumiyoshinobu:20151220124923j:image

予告です。
明日21日から「Goodlucklight 年末特大号」として全10回の大型連載をやります。

それでは本題。
子供の頃に当たり前にあったモノってね、それがどれだけ素晴らしいモノだったとしても、日常すぎて何とも思わないものです。
それが社会経験を経て、同種のいろいろなモノを見ていくうちに、あ、あれって実は凄かったんじゃないかと思い始める。そして、かつて当たり前の日常だったものが姿を消した時、初めてとんでもないモノを失ったって気づくわけです。

さてワタシは兵庫県神戸市出身です。この街は1995年1月17日を境にして、以前の街と以後の街に分けることができます。
1968年生まれのワタシは当然、以前の街、を知っている。いや、1995年以降ほぼ関東を中心に住む者としては、以前の街こそが脳裏に浮かぶ神戸なのです。

「以前の街」には当たり前のようにあった、でも「以後の街」にはない、なんて建築物はかなりあります。
なくなった中に、今にして思えば信じられないくらいカッコいい建築物が神戸にありました。
それが阪急三宮駅(現・阪急神戸三宮駅)の駅舎です。
小林一三の悲願だった阪急電鉄の神戸延伸は1920年に実現しますが、当時神戸駅と称された駅舎は現在の王子公園駅のやや西、というかなり中途半端な位置にあり、これは省線(現・JR西日本)と阪神電鉄の強い横槍があったからだと言われています。

しかし阪急の本丸は、新開地を抜いて神戸随一の繁華街になりつつあった三宮で、ようやく1936年になって国鉄三ノ宮駅の西まで路線を延ばすことが出来ました。
先に挙げた阪急三宮駅(当時は阪急神戸駅)の駅舎もこの年に建立されたもので、1936年といえば、ワタシが当サイトでしつこく書いている戦前モダニズムが頂点に達した年です。

戦前モダニズムの一翼を担った阪急、というか小林一三が手がけ、しかも1936年という最高の年に作られたわけだから、そりゃカッコよくて当たり前です。(但し1936年の時点で小林一三阪急電鉄の社長は退任している)
実際どのような外観だったかは上の画像を見ていただくとして(見ていただければわかりますが、直に電車が吸い込まれるような構造になっている)、Wikipediaを参考にしつつ内観を書いていきます。といっても建立当時と実際ワタシが毎日のように通っていたころとは細部は違いますが、まァその辺も含めて。
以下『』内はすべてWikipediaからの引用です。

『地階 - 阪急百貨店神戸店(神戸阪急)※1992年以後は阪急百貨店三宮店(三宮阪急)
現在、いかり阪急三宮店のある場所が、そっくりそのまま、三宮阪急の食料品売場であった』

今ある「いかり」は通路を広めにしてかなりゆったりした売場にしてありますが、旧食料品売場は「ひしめき合う」という表現がピッタリの、狭い敷地の中にデリやいろんな食料品が売られていました。
低い天井と相まって、如何にも昔のマーケット、という風情は嫌いではありませんでした。


『1階 - 回廊
1階の回廊は吹き抜けで、建替工事前のうめだ阪急と阪急グランドビルとの間の回廊と似た雰囲気であった』

ま、これはかなりオーバーです。
ワタシは旧梅田阪急のグランドビルの回廊も良く憶えているけど、あそこのゴージャスさに比べると全然狭くて薄暗かったし。


『中2階 - 回廊(吹抜部)
阪急三宮駅東改札口
当ビル竣工当時の1936年には、改札口は1階にあった』

さすがに改札口が1階にあったってのは知らない。ワタシが記憶しているのはすでに改札口が中2階になった後です。
ただし国鉄との連絡通路はまだなかったと思う。というか記憶が曖昧なんだけど、国鉄三ノ宮駅の交通センター側の改札口ってかなり後に出来たんじゃなかったかな。


『2階および3階
阪急電鉄の軌道
阪急シネマ(座席が2階、映写室が3階)※映画館
阪急シネマは、「三宮東宝」から改称。
4階
阪急会館 ※映画館
5階
阪急文化 ※映画館
5階は当初から存在したが、阪急文化の部分のみは、戦後に増築されたものである。阪神・淡路大震災では、この増築部分がそのまま地上に崩落した』

やはり思い出深いのは、阪急会館でしょう。
Wikipediaによれば阪急会館は戦後に出来たようにとれるけど、これは誤りです。間違いなく戦前の阪急神戸ビル竣工時からある。阪急が三宮まで延伸した1936年4月1日のわずか3日後の4月4日に開場しています。

具体的にどの映画をここで観たのかは憶えてないけど、洋画封切館だったから、ワタシが小学生の時にやってた大作のうち幾つかはここで見たはずです。あ、でも「スターウォーズ」はここじゃなくて梅田のOS劇場で観たな。それは憶えてる。
とにかく長いエスカレーターが印象的でね、あのエスカレーターに乗ってる時のワクワク感は凄いものがありました。
ああ、もう一度だけでいいから、あのエスカレーターに乗ってみたいなぁ。


そういや、さすがに今のビルはかなり評判が悪いようで、超高層ビルへの建て替えの構想もあるみたいです。
ま、今のよりはまだそっちのがいいかな。どのみちかつてのビルの再建は不可能だろうし、それならいっそ全然違うものにしてくれた方がいい。むろん商店も増えて賑わいも出来るだろうし。

ただね、街ってそれでいいのかな、とも思うんです。
人を育てるのは街です。人情がどうとかみたいなクサいことじゃなくね、それはロンドンに滞在していた時に痛感した。ロンドンの人たちはあの枯れた、でもどこをどう取ってもデザインチックな街中で育ってきたからこそ、独特なセンスも育まれるんだと思うし。
本当は日本の街もそうあって欲しいんだけどね。
そう考えると、自分は幸せだったな、と思う。あのカッコいい駅舎を毎日のように使ってたんだから。
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