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~これでも仕事用です~

エノケン映画鑑賞記9「エノケンの法界坊」

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オリジナルが74分、現存するフィルムが53分ってことで、相当欠落があるのですが、そのわりにはあまり意識することなく鑑賞できました。ただしフィルムコンディションは最悪ですが。

しかし内容は何ていったらいいのかね。残念ながら元となった歌舞伎の方(「隅田川続俤」)を観たことがないので、どの程度アレンジされているかはわかりませんが、肝心の法界坊が思ったほどハチャメチャに感じないのは欠落が多いせいなんでしょうか?
たしかに間違っても「仏の身に仕える」高邁さのカケラもありませんが、さして暴力的でもなく、また知能犯というほどでもない、しかも小柄で愛嬌のあるエノケンが演ずると単なる悪戯っ子にすら見える時がある。

当ブログに何度か登場している筒井康隆の「不良少年の映画史」によると、特に前半部の欠落が酷く、現存するフィルムにおいて法界坊が登場するシーンで「泣いて謝ってた」と小僧がバラすのですが、これも実際にそのようなシークエンスがあったようです。このシークエンスはラストの釣鐘建立の伏線になっているのですが、ま、それでも欠落版でもたいして気にならなかったのは、ストーリー的に切られてるところはほとんどなくて、やっぱりギャグ中心に切られたからなんでしょうな。

この映画、夜のシーンがわりと多いんだけど、もうこれ、本当に画質が悪い。何がなんだかさっぱりわからん。「不良少年の映画史」にあるシュールなギャグってのも、フィルムは現存しているのに画質が悪すぎてよくわからないのです。

画質の悪さもアレですが、欠落の理由もよくわからない。
というのも筒井康隆は「戦後」にほぼ完全版を鑑賞しているのです。
エノケン映画をはじめとする古い映画の欠落理由のほとんどが、戦中に改訂された映画法によって73分までの長さとすると定められたため、ネガ諸共無理矢理縮小版を作成したためです。
このため地方等で再上映されたような人気作に限って盛大にカットされた、なんてことになってしまった。

「法界坊」は元の長さが74分なので、仮に再上映されたとしても、ほぼノーカットでいけたはずなんです。
そして事実、筒井康隆は戦後にほぼノーカットの、少なくとも現存版よりは画質が良好なものを鑑賞している。
となると、何時如何なる理由でネガが紛失したのかがわからないのです。
(余談ですが、封切り時に東宝二番館で上映されたという「エノケンの金太売り出す」に至ってはネガの存在すら確認されていない)

再び内容に目を向けます。
本作の儲け役はなんといっても中村是好でしょう。
ほとんどのエノケン映画に出演し、「ちゃっきり金太」などでは準主役的な役どころもある中村是好ですが、本作の「スケベ心丸出し」の役は本当にハマり役で、出っ歯ってのが余計それっぽく見える。
何というか、この人も柳田貞一と一緒で、小心者の小悪党とか、逆に人畜無害な役が似合う人です。んで柳田貞一よりもっとストレートな役。

たいして如月寛多は見た目に反して、腹のうちを見せない役の方がいい。「頑張り戰術」では頭の固い堅物サラリーマンでしたがあれは例外で、「法界坊」の役のように黒幕的悪党の方が似合ってる。
孫悟空」では珍しくコンビで金角銀角を演じていますが、ふたりとも持ち味も顔立ちも全然違うのに、金角銀角では本当の兄弟のように見える。
中村是好は老け役も出来るし、如月寛多はバンカラ役も出来る。結局このふたりの幅の広さが、映画だけに限らず舞台でも「エノケン作品の核」だったのがよくわかります。

でも逆にね、「法界坊」に出てくる小笠原章二郎の「何も出来なさ加減」も捨てがたい。途中、「ティティナ」の替え歌を歌うのですが、結構出番があるにも関わらず見せ場はこれだけで、でも筒井康隆がいうところの木偶の坊ぶりが可笑しい。
美男なんだけど、もう本当にそれだけ。何にもできない。「うる星やつら」でいうところのレイみたいなもんです。小笠原章二郎の役は大食いじゃないけど。

色川武大の「なつかしい芸人たち」に小笠原章二郎の項があって、戦時下においても兵隊役すらできず、馬鹿殿様くらいしか役がなかった、とあります。
でも、だからこそいい。「法界坊」は中村是好や如月寛多、柳田貞一といった達者な人を揃えるエノケン一座に、これまた達者な英百合子(はなぶさ・ゆりこ、と読みます)と、全く不器用な小笠原章二郎だけが混入していますが、これだけ達者な人に囲まれると、かえって木偶の坊ぶりが映えるのです。

そういった意味では「法界坊」はバランスの取れた映画です。たしかに欠落が多いし、何よりエノケン自体が本作で監督をつとめた斎藤寅次郎に不満だったと伝えられていますし、どう考えても真っ当な評価なんか出来るわけがない。
でも配役を見るだけでも、オリジナルはそんなに悪い映画じゃなかったってのは推測できるのですがね。

あと余談ですが、小笠原章二郎他が歌う「ティティナ」ね、もちろんチャップリンの「モダン・タイムス」で歌われた歌ですが(原曲はもっと古いらしい)、「モダン・タイムス」の日本公開が1938年2月、「法界坊」が同年6月。いくらなんでも「イタダキ」が早すぎるよ。ま、当時はイタダキなんて発想は皆無で「最新の流行を取り入れた」だけの話なんだろうけどさ。
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