~これでも仕事用です~

エノケン映画鑑賞記12「磯川兵助功名噺」

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もうここまでくると全然わからないかもしれません。何しろ原作は「銭形平次捕物控」でお馴染みの野村胡堂。ですがこれも立派なエノケン映画です。

公開されたのが1942年11月。ま、いくら早くても製作された時期は同年の夏以降でしょう。まだまだ安全圏だったとはいえ「雲行き」は怪しくなっており、そんな状況で作られたにも関わらずミミッチイ感じはまったくありません。
まず冒頭の馬群シーンを観るだけで余裕を感じる。黒澤明が「どっこいこの槍」という多数の馬を使う作品の製作を断念したのが、これから約二年半後。さすがに最末期とは比べ物になりませんわな。
それにしても、この頃の役者ってみんな馬に乗れたんだなぁ。もうそれだけで今「ちゃんとした」時代劇を作るのは無理だわ。

この映画、物凄くフシギとことがあって、資料を見る限り、どれも上映時間は「54分」となっている。
ところが現存するフィルムは90分なのです。
これまで「エノケン映画は欠落がある」ってのを当たり前のように書いてきましたけど、30分以上も資料より長いってのは、いったいどういうわけなんでしょうかね。
たぶん資料が間違ってるんだろうし、カットされた形跡も見受けられないので、一応完全版として扱います。

監督は「法界坊」以来久々の斎藤寅次郎。で、その「法界坊」は「ちゃっきり金太」と並んでもっとも欠落が激しいといわれている作品です。
一応とはいえ「磯川兵助功名噺」は完全版っぽいのでギャグも(おそらく全部)残っているのですが、笑える笑えないは別にして「さすがサイレント期コメディの名監督」といえるものになっているのです。
というか、ギャグの残存数では、たぶんこの映画か一番残ってるんじゃないでしょうか。

とくに扇子を巡る大人数での追っかけは圧巻で、ルーティーンギャグが次から次へと、しかもテンポよく飛び出してくる。
鞍馬天狗」のようにエノケンの身体能力がはかれるわけじゃないけど、同じ斎藤寅次郎でもズタボロの「法界坊」を観るより、この映画を観る方がずっといい。何度もいうけど面白い面白くないは別にして、ちゃんとギャグが残ってるんだもん。
ストーリー的にも、冒頭の歌がキチンとクライマックスの伏線になってるのが、なおよろしい。

さて、残念ながら野村胡堂の原作は読んだことがないのでどれくらいアレンジされているのか不明なのですが、23年後に同じ原作を使ってクレージーキャッツ犬塚弘主演、森一生監督で「ほんだら剣法」(1965年)という作品が作られています。
基本的な筋は同じながら犬塚弘の個性に合わせており、扇子を巡る追っかけとかはないし、逆にたぶん原作にはあるであろう御前試合のシークエンスはあったりする。

やはり「観やすさ」だけでいえば、残念だけど「ほんだら剣法」の方が圧倒的に観やすい。とにかく森一生の職人芸が光っており、いやいや、カラーでフィルムコンディションも完璧な「ほんだら剣法」と比べるのはさすがに気の毒です。
それでも「磯川兵助功名噺」はエノケンの個性の方が合ってると思うのです。(犬塚弘がダメってことじゃないよ)
どうもエノケン映画ってのは、逃げるシーンが作りたいがためか、エノケンが悪者って設定が多い。でもね、エノケンって人は悪玉より善玉の方が「座り」がいいんです。

実物のエノケンが優しい人だったという証言はいくつもありますし、「エノケン一座はスパルタで有名だった」と言われているわりには座員が座長、つまりエノケンを慕っている。
師匠の柳田貞一譲りか、酔うと面倒くさい絡み方をする人だったみたいですが(真剣持って暴れるんだから面倒くさいレベルは超越してるんだけど)、それでも座員が慕ってるのは、如何に普段のエノケンが優しい人だったかを物語っています。
「磯川兵助功名噺」は馬鹿がつくほどの善人の話なので、そういう人物を「心優しい」エノケンが演じるってのは、なんとなく気持ちいい。またハッピーエンドなのも好ましい。

しかし人の評価というか、「磯川兵助功名噺」が全盛期の「法界坊」より上だ、なんていう論評とか読んだことがない。
たしかに歌うシーンはほとんどない。「エノケンはレビュウの人」という色川武大の意見からははみ出た作品です。
でも、これはこれで悪くない。少なくともストーリーも繋がってないようなカット版よりよほど「まとも」だと思うんだけどね。
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