~これでも仕事用です~

エノケン映画鑑賞記13「三尺左吾平」

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うん。ん?何これ?
この作品も冠こそついてないけど「三尺(約90センチ。劇中では三尺三寸=約1mと歌われている)」、つまり背が低いのが売りってことは当然エノケンを指すわけで、主人公がエノケンに当て書きされたことは疑いようがない。(いくらなんでもエノケンはそこまでチビじゃないけど。ま、一応実在の人物だったようです)
にもかかかわらず、ごく普通の時代劇の主人公を無理矢理エノケンが演じさせられたような感じすらあるんです。

ごく普通の、と書いたけど、そもそもこれ、喜劇ですらない。喜劇的処理したシーンは山道の刺客たちを斬り倒すところだけ、それも数秒のみ。
監督は「エノケン・虎造の春風千里」の石田民三。「春風千里」は人情劇だけど、これは人情劇ですらない。笑うシーンもなければ(そもそも笑わせようとすらしていない)、カタルシスも皆無。
最悪なのは劇中エノケンがただの一曲も歌わないこと。「三尺左吾平の歌」が何度か歌われるけどエノケンは歌わず高峰秀子や子供たちが歌うだけ。

まァね、タイトルで出てくるようにこの映画が完成したのが1944年6月。つまりニホンという国が一番ヒステリックになってる頃です。もう喜劇なんてフザけたものは検閲も通さなかったんでしょうな。(笑いだけじゃなしにエノケン高峰秀子の関係の行く末、つまり恋愛模様もアイマイに描かれている)

ま、長尺の刀の鞘の先に滑車がついてる(エノケンの背が低すぎて引きずるから)ってのは一応ギャグでしょう。
にもかかわらずハナシは一切オフザケなし。うーん、分裂しすぎ。つか時代背景まるわかり。ある意味、時局臭ここに極まれり。
(余談ですが、はるか後年、鞘の先に滑車ってギャグはテレビアニメ版「キテレツ大百科」のコロ助が同じことをしてましたね。ちなみに原作にはそのギャグはありません)

いやもう、生真面目とかという話ですらないですからね。
途中からやたら忠誠心忠誠心とうるさいのも「当局の指示ですなこれは」としか思わなくなってくる。
ガチガチの暗くて重いだけの作品だからね、エノケンも終始暗い顔をしてるし、とにかく書くことがない。強いて言えば「法界坊」の次くらいにフィルムコンディションが悪い(とくに音声のノイズが酷い)ことと、実際に仙台城がロケ地として使われたこと、そして妙に高峰秀子が太ってみえることぐらいかな。それこそだから何だって話だけど。

と、本来ならここで筆を置く予定でした。ま、筆で書いてるんじゃないけど。
ところがたった一枚のスチール写真の存在が、ワタシのプランを狂わせたのです。

「はじめに喜劇ありき」という書籍があります。2005年に発売されたこの本は戦前に制作された喜劇作品のスチール写真を実に丹念に集めており、ワタシのような戦前モダニズムに興味がある人間からすれば眺めているだけでも楽しい。
ワタシもすっかり見落としていたのですが、この本に「三尺左吾平」のスチール写真が掲載されている。
ところがこれが、まったく劇中には存在しない場面の写真なのです。
具体的には、エノケンの手のひらに高峰秀子が乗っている、というもので、扮装からしても高峰秀子一寸法師かなんかに見える。

正直これを発見した時はパニックになりました。
完成作品での高峰秀子の役どころは友人の妹であり、エノケンと「いい雰囲気」になる、いわばヒロイン的存在です。当然エノケンの手のひらに乗る、なんて考えられない。
つまり「三尺左吾平」は企画段階、もしくは脚本の初稿段階では、まったく違った企画だったのではないか、という疑念が湧いてきたのです。
企画段階で実際のシーンを想定してスチール写真を撮影する、というのはよくあることだからね。

ところが・・・、よくよく調べてみると、これは「兵六夢物語」(未見)のスチール写真でした。実際「兵六夢物語」では高峰秀子は小美人の役で出てくるらしい。
早い話が「はじめに喜劇ありき」に「三尺左吾平」として掲載されたスチール写真は、実は「兵六夢物語」のスチール写真だったと。つまりキャプションが間違っていたと。

いやぁ、こういう間違い、止めてほしいなぁ。もっと新しい、観ることが容易い映画なら「ああ、誤植だな」で済ませられるのですが、観るのが困難な戦前の作品でこういうことをされちゃ困るなぁ。
この書籍にはフィルムが現存していない映画のスチールもいっぱい載ってるんだけど、ひとつ間違いを見つけてしまうと、他のも本当にその映画のスチールなのか疑問に思っちゃう。何しろ確認できないからね。
全体としてはものすごく良い本なだけに本当にもったいない。

ワタシも「植木等ショー!クレージーTV大全」って本に関わらさせてもらった時、記載ミスなんかをやらかしてしまったことがあるので、人のことはぜんぜん言えないんだけど。
問題なのは、貴重な情報であればあるほど、ミスがほとんどバレないのです。
ネットで検索すればわかるレベルの情報なら簡単にバレるんだろうけど、ワタシの場合でも正解不正確を判定しようと思えば国会図書館へでも通い詰めない限り無理です。
要するに、ダマすつもりは一切なくても、結果的にほぼバレないウソ、になっちゃったわけで。

「はじめに喜劇ありき」の作者がどんな方なのか存じあげませんが、お互い気をつけましょう。ホントに。
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