~これでも仕事用です~

弘田三枝子でやり抜こう!

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実は弘田三枝子について書くのは三度目です。
最初は18年ほど前に某雑誌で、二回目は11年前にハンドルネームでやってるブログに、ですが、文章自体はすべて書き直しているとはいえ、今回も内容はほとんど一緒です。
もちろん新たに仕入れた情報からの付記もありますが、ま、人間20年やそこらで考えなんて変わらないということで。

最初に余談を。
1990年、植木等は自身のヒット曲をメドレーで繋いだ「スーダラ伝説」を歌いヒットさせました。
さらに後に続けとばかりに「ズンドコ伝説」(加藤茶)、「ガンダーラ伝説」(タケカワユキヒデ)がリリースされましたが、どうせなら弘田三枝子も「ミコのハイティーン伝説」とかやれば・・・いややっぱりやらんでよかった。その理由は最後まで読んでいただければ理解していただけると思います。
余談終わり。

さて、弘田三枝子の凄さを知ってもらうには、もう歌を聴いてもらうしかない。いくらここでワタシが長文を書いたとしてもとても表現できるわけがないのです。
たぶんほとんどグレーだろうから推奨できることじゃないんだろうけど、YouTubeで「弘田三枝子」と検索をかければ、いくらでも出てきます。
ただし一点、弘田三枝子最大のヒット作である「人形の家」以前の動画を見ていただきたい。つまり1967年より前。
良くも悪くも「人形の家」以前と以降では、そりゃ同一人物には違いないんだけど、もう別人ですから。

ちょっと時期ははっきりしないのですがたぶん一、二年前に弘田三枝子がテレビに出てきて、デビュー曲である「子供ぢゃないの」を歌ったことがありました。
正直ワタシは憤慨しました。別に過去の曲を歌うななどと偏狭なことは言いませんが、それでもこの曲だけは歌ってほしくなかった。
今も弘田三枝子は上手いのです。上手いんだけど、他の歌手が他の曲をセルフカバーするのとは訳が違う。
理由はオリジナルの「子供ぢゃないの」を聴いていただければ、よ〜くわかってもらえると思うのですが。

ひと言でいえば、デビュー曲の「子供ぢゃないの」の時点で弘田三枝子は完成されていました。
圧倒的に伸びやかな歌声、抜群のリズム感、そして人々の心を摑まえる「アク」。どれをとっても一級品で、わずか14歳にして少女歌手の域をはるかに超えた、ひとりのヴォーカリストとして超一流であったわけです。
翌年には弘田三枝子最初のヒット曲「ヴァケーション」をリリースしますが、大瀧詠一がいうところの「(本家の)コニー・フランシスより上手い」というレベルの高さで、もう「天才」以外の形容が見つからないのです。

以降、ポップスのカバーをしていた頃が弘田三枝子の全盛期で、すべて10代での仕事です。
漣健児の名訳による「砂に消えた涙」、英語詞のまま歌われた「マック・ザ・ナイフ」など、今聴いてもグワーッと引き込まれる魅力に溢れている。
ワタシは年代的に、彼女が10代の頃のライブを観たことがあるはずかない。だからすべてレコード(というかCD)でなんだけど、純粋に「音」だけ聴いて、ここまで「持っていかれる」ヴォーカリストは他に知りません。
だから「BGMとして弘田三枝子を聴く」ってが不可能なんですよ。意識が「音」に行っちゃうから。

「早熟の天才」とか「若き日の天才」なんて言葉があります。
普通に考えれば彼女はそうした形容に当てはまるんだけど、あまりにも突出しすぎて、若いうちにやることがなくなったんじゃないかと思うわけです。
ニューヨークでジャズライブをやったり、アレサ・フランクリンを目指してR&Bに転向したり、そして純粋歌謡曲といえる「人形の家」で大ヒットを飛ばした。そんな足跡からもそれは十分伺うかがえます。
たしかにね、芸能事務所を独立して個人事務所を立ち上げたり、器量へのコンプレックスからダイエットと度重なる整形を行ったりして、それで歌手としての価値が落ちたといわれますし、それも間違いではないのかもしれない。

でもそんなことと歌は関係ないはずで、やっぱり「何を歌っても、あっという間に超一流レベルに達することが出来る」抜群の能力がありすぎた。
ただひとつだけ彼女が幸運だったのは、これはワタシが戦前までの芸能文化に興味があるからそう思うのかもしれないけど、数多くのレコードが残されているのです。
いくら一流の能力を持っていても、レコードをほとんど残していない大正期から戦前の歌手なんていくらでもいますからね。
幸い彼女はスタジオ録音はもちろん、ライブ音源もかなり現存している。先に挙げたニューヨークでのジャズライブも最近CD化されたりしましたし。

もちろん弘田三枝子は今も存命ですが、あの頃、10代の頃の音源を聴くことによって、圧倒的な「天才」ぶりがわかる。
当時の音源を聴いてもらうことで、そんな「天才」時代の曲を今の彼女(厳しい言い方をすれば、今の弘田三枝子は上手いけど天才じゃない)がセルフカバーしちゃいけない、というワタシの気持ちもわかってもらえると思うのですがね。
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