~これでも仕事用です~

エノケン映画鑑賞記14「天晴れ一心太助」

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これもタイトルに「エノケンの」とこそつかないものの、まぎれもないエノケン映画です。
この作品は今では黒澤明が脚本を書いたことで有名、いや有名ってほどでもないか、とにかく今となってはそれだけが後世に繋がる部分です。

黒澤明エノケン映画のシナリオを執筆したのは後にも先にもこれ一本。すでに「姿三四郎」で鮮烈なデビューを果たしていた黒澤明が何故プログラムピクチュアの喜劇の台本を手がけたのか、これには理由があります。
戦後、「蜘蛛巣城」まで黒澤明作品のプロデュースを担当していた本木荘二郎という人がいます。もともと黒澤明と同じく山本嘉次郎門下で助監督をつとめていましたが、東宝の大プロデューサーの森岩雄の示唆でプロデューサーに転向します。
そして本木荘二郎の初プロデュース作品がこの「天晴れ一心太助」なのです。

黒澤明がシナリオ(初稿段階でのタイトルは「太助ねばる」)を書いたのは、「ヤマカジ組で数々のエノケン映画の助監督についていたので、エノケンをよく理解しているから」といったような理由ではなく(逆にそんな理由ならもう少し早い時期に書いているはず)、いわば本木荘二郎への祝儀のようなものだったんですね。

んで、その内容はといえば・・・。
ひと言でいえば、面白い!ワタシが観たエノケン時代劇モノでいえば文句なしにトップクラスです。
ハナシは単純極まりないのですが、これがいい風に作用している。そう、これでいいんです。
しかしそこはさすが黒澤明、細かい「捻り」を効かせて最後まで楽しめる。オチもイキで良い。(完成作品では、現存しているシナリオからさらに「もうひと捻り」がしてあります)

この映画が公開されたのは1945年の正月。もう、いわばどん詰まりにあたる時期です。だからほぼロケはなし。セットも大家の家と長屋と化け物屋敷くらいしかない。だいたい大久保彦左衛門が出てくる映画で、一切城内が出てこないってのも凄い話で。
それだけ逼迫してたんだろうね。何せどん詰まりだから。
でも悪いことばかりじゃない。
これが結果的に「戦前最後のエノケン映画」になるわけですが、もうこの時期になるとかえって時局臭もなくなるのですよ。

たしかに化け物屋敷とお化け銀杏は「仮想米英」だったのかもしれないけど、もうそんなことは全然気にならない。普通に敵役として見ることが出来る。
エノケン扮する一心太助をはじめとする弱者が力を合わせてっていう展開も、大東亜共栄圏を連想させる意図があったかもしれませんが、これもいわば王道的な展開で、普通にちょっと胸が熱くなります。(誤解のないように書いておきますが、胸が熱くなるのは「弱者が力を合わせ」るってところね)

しかし一切戦争の影が見えないかというとね、たしかに物語上には見られないのですが、相撲取り役で出てくる岸井明が、もう、あきらかに痩せてるんです。
4年ちょっと前の「孫悟空」の時の丸々とした顔から比べると、いやわずか1年前の「韋駄天街道」の時との比較でさえ、妙に厳しい顔つきに見える。和モノとはいえ途中で一曲歌うのですが、岸井明特有のノンビリした甘い明るさが失せている。
気が弱いって設定なのに、なんだか気が立っているようにさえ見えるのは困ったもので。

それに岸井明って人ね、たぶん元々の顔つきがそうなんだろうけど、痩せると怖いんです。だから「孫悟空」と違って、威勢が良くてチョコマカ動くエノケンとのコントラストが光らない。やっぱ、太っててこその岸井明だな、と。
戦争で食べるものがない中、仕事上痩せることが出来ない岸井明は本当に苦労したらしいですが、もう終戦まであと数ヶ月の時期では体重の維持が出来なかったんでしょうね。
(おそらく本作の後で撮られた古川緑波の映画に出演した時、ロッパに十三貫減った、と語ったそうです。十三貫といえば約49kg!元の体重にもよりますし、大袈裟に言ってるだけかもしれませんが、この減り方は尋常じゃない)

それでもエノケン轟夕起子渡辺篤坊屋三郎、如月寛多、岸井明、高勢実乗といった一心太助の仲間連に加えて、お馴染み柳田貞一、そして大久保彦左衛門役には徳川夢声、といったメンツは豪華で、これもどん詰まりだからこそでしょう。つまり「戦争の影」といえないこともないわけで。

出演者の中では、とにかく轟夕起子がいい!一心太助の女房の役なんだけど、美人で、口が達者で、性根が座っていて、それでいて涙もろい。一心太助と痴話喧嘩を繰り返すんだけど、これが何ともいい雰囲気なのです。
しかしこれ、この当時の風潮である「銃後の家庭を支える、おしとやかで献身的な」女性像と全然違いますな。ある意味、後年の目で見ると逆に凄い問題作の「ハナコサン」(もちろん主演は轟夕起子)の主人公より先進的です。
とにかくウワベじゃない、本当の夫婦の絆が見える。
「クロサワは女性を描くのが苦手」と言われ続けましたが、本作の轟夕起子の描き方は素直に上手いです。

歌に関しては、さすがにこの時期では無理か、と思って観始めたのですが、一曲だけとはいえエノケンが歌ってくれたのが嬉しい。いくらなんでも時期的に音楽喜劇が期待できないのはわかってたから、もう一曲だけでも歌ってくれれば十分です。

先ほど書いた通り、本作を持って戦前エノケン映画は終わるのですが、たしかに音楽喜劇ではなかったけど、比較的まとまった(しかもわかりやすい)喜劇で締めることが出来たのは、もう本当に良かった。
良い悪いじゃなくて戦後のエノケン映画は全く別物と思っている人間からすれば、立派に「有終の美」を飾れたんじゃないかと思うわけで。
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