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~これでも仕事用です~

大冒険だったグミちゃんのデザイン変更

Gumi-chan1961関連
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さて、ワタシどもの作品「Gumi-chan1961」を最初にカズミ・アカオが作り始めたのは2003年のことです。当時は「こんにちはグミちゃん」と称していましたが。
まずはこの画像をご覧ください。

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何だか今となっては変な感じですが、これが初期のグミちゃんです。今とはまったくデザインが違いますね。
良くいえば素朴な、悪くいえば安物の民芸品のようなこのデザインの最大の難点は「あまり可愛くない」のです。
実際この頃は「グミちゃんが可愛い」と言われることがまったくなく、それがカズミ・アカオの悩みの種になっていたのです。

これが2005年に大改革が起こります。つか起こします。
それはワタシ、ヨシミツが作品に関わりだしたからでして、ワタシが最初にグミちゃんを見た時の感想は「ものすごく良いものがあるのに、いろいろ損をしている」というものでした。
ワタシは一応グラフィックデザインをやっていたので、もっとポップに、もっと可愛くできる、とカズミ・アカオにデザイン変更を提案したわけです。
グミちゃんが可愛いと言われないことに悩んでいたカズミ・アカオはすぐにこの提案を受け入れた、といいたいところですが、実はかなり抵抗しました。

言っても最初に作品を作ってから2年が経っているわけで、元のデザインにたいしてそれなりに愛着もあった。だからなるべくそのままやりたい、と抵抗したのです。
ワタシはといえば、ま、この時点ではそこまでグミちゃんに積極的に関わるつもりはなく、あくまで「こういう方法がありますよ」という、本当に提案レベルでしかなかったのですが、それでも絶対に可愛くなる自信もあったわけでして。
妥協案として、一度ワタシの案通りに作ってみる、となりました。
それがコレです。

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細かなデザインは今と違うのですが、髪型や服装は今のものに近づいています。
これを見てカズミ・アカオも「デザインを変えよう」と決意してくれたのです。
その後詳細をブラッシュアップして出来たのが、ほぼ今と同じのコレ。

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最初のデザインと並べてみると

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まったく変わったことがわかってもらえると思います。

これで新デザインが受け入れられて今に繋がった、となっていれば万々歳なのですが、コトはもう少し複雑です。
たしかに可愛くなったし、ポップにもなった。
ところが人々の反応は思ったより芳しくありませんでした。
それは以前のデザインにあった「親しみやすさ」というポイントがすっぽり抜け落ちてしまっていたからです。
昔のデザインは、酷い言い方をするならダサくて田舎臭いかもしれない。しかしそこに安心感をおぼえ、親しみを感じてくれる層もいたわけで、いわばそういった人たちをばっさり切り捨ててしまったわけです。

正直にいうなら、ワタシはかなり頭を抱えました。
良かれと思ってデザインの変更を提案し、ワタシの理想通りに可愛くなったはずなのに、人々の反応はイマイチ。
もしかしたら自分はとんでもなく余計なことをしたのかなと。
あのまま、昔のデザインのまま通していたなら、牛歩の歩みだったかもしれないけど、もっと確実に受け入れられたんじゃないかと。

もっともっと正直に話をするなら、もうグミちゃんはダメだとすら思ったんです。
当時のワタシはディック・ブルーナミロスラフ・サセックといった、シンプルを通り越して極力余計なものを排除したデザインに傾倒しており、それをグミちゃんで実践してみたものの、それはけして一般的なものではなく、あくまでワタシの個人的な趣味でしかないのだな、と。
グミちゃんという作品を潰してしまったという自責の念は次第に大きくなりましたが、もうどうしようもない。今更昔のデザインに帰るわけにもいかず、たぶん、もう、フェードアウトするしかないんだろうなとね。

風向きが変わったのが2011年です。
この年ワタシはとある事情から生まれて初めてイギリスの地を踏んだのですが、目の当たりにした大英博物館に感動したワタシはカズミ・アカオにロンドン行きを進言します。
そして2012年。ロンドンのカフェで何気なくグミちゃんの人形を出してみると、人々の反応が日本とはまったく違う。これはイケるのではないかと感じたカズミ・アカオは即座にグミちゃんの売り込みを開始し、それはもうトントン拍子としか言いようがない速さでポール・スミス・ショップでのエキシビションが決まったのです。

整理します。
2005年にデザインを変更し、翌々年くらいまでは新デザインのグミちゃんを日本国内の企業に売り込んだりしていました。
が、それ以降、グミちゃんとして作品はまったく作らず、まァ諦めた過去の作品でしかなかったのです。
2012年にロンドンで突然認められることになるのですが、この間の5年間はグミちゃんに関しては何もしてなかったといっていい。
もう単純に売り込む場所を日本からロンドンに変えただけです。

今にして思えば、日本では受け入れられづらいデザインだったけど、イギリスをはじめとするヨーロッパでは受け入れられやすいデザインだったとわかるのですがね。それはワタシがブルーナやサセックに強い影響を受けていることを鑑みれば当然なのかもしれません。
兎にも角にもグミちゃんのデザイン変更は間違ってなかった。ここにきてようやくワタシの肩の荷がおりたのです。

でもそんなのわからないよね。誰が日本でウケないものがロンドンでウケると思いますか。ましてや2011年にイギリスに行くまでワタシはヨーロッパどころか海外すらほとんど行ったことがなかったし。
ロンドンでウケた、と人にいえば、何だかものすごい自慢みたいなのですが、現実にはこうです。日本でウケなくて、たまたま行ったロンドンでウケた、それだけの話です。

本当、チャンスなんてどこに転がっているかわからない。雲の上だと思っていた場所の方が案外受け入れてくれる、そんなことも、ある。
そんなもんですよ人生なんて。どんな締めだ。
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