~これでも仕事用です~

ヨシミツ家の人々番外編・ヒデジの思い出

f:id:gumiyoshinobu:20160325225146j:image

ま、何はともあれ「ヨシミツ家の人々」を読んでいただかないと説明もままならないのですが、かいつまんで説明すれば、これはワタシの母方の家族の一代記です。

ワタシから見れば祖父になるセンゾウ、祖母のオテイ、叔父のヤスシ、ヒデジ、ブンゾウ、そして母のヨシエ。
この家族が兵庫県神戸市の、三宮にほど近い場所で過ごした歴史を、戦前からほぼ現在までを神戸の移り変わりと併せて記したノンフィクション(は大仰だけど)、それが「ヨシミツ家の人々」という連作でした。

さて、ワタシにとっては叔父にあたる、そして母・ヨシエにとっては兄にあたるヒデジが今年の3月半ばに逝去しました。
昨年の秋の時点で、助かる見込みはほとんどなく、本当の意味での余生を送っていたヒデジですが、生への執念も虚しく旅立ちました。
享年74。長生きではありませんが、病気を考えると本当に頑張って生きた、といえると思います。

湿っぽい話はこのくらいにして。

「ヨシミツ家の人々」を読み返してみてあらためて思ったのですが、ヒデジに関する記述があまりにもアッサリしている。
何故こうなったか、心当たりがあるというか、ま、はっきりいえば「照れ」なんです。
ワタシは同じく叔父であるヤスシにも非常に可愛がってもらいましたが、ヒデジにも同等くらい可愛がってもらった。
ただスタンスはかなり違います。
ヤスシが大人の目線でいろんなことを経験させてくれたのとは対照的に、ヒデジの場合、何というか、感覚としては友達に近いのです。

ワタシが生まれて初めて東京に行ったのが、15歳の誕生日でした。
この時、ヒデジに付き添ってもらったのですが、付き添いといえるかどうか。
旅費こそヒデジが全額出してくれましたが、新幹線の予約から当日の行動まで、すべてワタシが決めたんだから。

それはヒデジが大人として子供であるワタシに「好きなようにしていい」って話じゃない。
「自分はよくわからないし、自信がないから全部やって欲しい」というスタンスでした。
大の大人が新幹線の切符を買うことすら自信がないというのは信じられないかもしれませんが、あれは本心です。その他のヒデジの行動を見ていたら間違いない。

『これはヨシエ=母の意見ですが、あまりにもヤスシがアニキとして頼りになるので、ヒデジやブンゾウに独立心が育たなかったのでは、といいます。
とくにヒデジは仕事だけではなく趣味でもヤスシに右に倣えの傾向があって、映画も小説も競馬も野球も、完全にヤスシの好みに準じていました』(2015年12月30日更新「ヨシミツ家の人々10」より)

よくいえば柔軟な、悪くいえば自主性のないヒデジでしたが、甥であるワタシからすれば、もっとも気安い存在で、本当にヒデジといろんなところに行った。だから思い出なんて腐るほどある。
それは叔父と甥、というよりは仲の良い兄弟のような関係だったので、どうしても照れが出てくるんです。
それはあきらかに、ワタシがずっと尊敬する存在だった、もうひとりの叔父のヤスシとは違う。なのでヒデジについてどう書いたらいいいのかわからないのです。

ヒデジがまだ元気だった頃、よくこんな話をしていました。
『あの人』というのが誰なのか、よくわからないのですが

「せやからあの人は偉いと思うねん。死んだ日の当日まで電話で馬券を買うてたんやから。無茶苦茶やと思うかもしれんけど、死ぬ直前までそういうことが出来るんが凄い」

もちろんヒデジは「馬券を買う=偉い」と言ってるんじゃない。往生間近の状況で、レースの結果さえわからないかもしれない状況で、それでも馬券を買おうとするエネルギーとかバイタリティを褒めているのです。

たぶんこれはヒデジにとって理想の「最期」だったはずで、死ぬのはしょうがないにしても、最後の最後まで、競馬の予想が出来るくらい頭が冴えた状態でいたい、という。

ヒデジには子供はいませんでした。そして好きだったはずの映画もミステリ小説も、影響元である兄のヤスシの逝去後は、あまり積極的に接しようとはしませんでした。
根っからの仕事人間で、真面目で、誰にでも優しい、そんなヒデジのたったひとつの願いは「頭が冴えた」状態であの世に行きたい、それだけだったと思います。

亡くなる数日前、見舞いに行った母(ヨシエ)に「どうも頭が動かない」とコボしていたそうですが、何についてわからないのかと問うと「微分積分がわからなくなってきている」と。
いやいや、そんなことを言ってる病状ではないのです。というか、まだ生きているのが不思議なほど悪化しているのです。
そんな状況をわかってかわからずか、まだ「微分積分くらいはわかってないと」と考えていたヒデジには素直に頭が下がる。

「ヨシミツ家の人々」という文章はかなりの部分、ヒデジの記憶によって成り立っています。
今年の始めに会った時に「建て替える前のヨシミツの家を知りたい」と聞いたのですが、これが実に詳細な図入りで、微に入り細に入り説明してくれました。彼の記憶がなければ「ヨシミツ家の人々」というエントリは成立しなかったといっても過言じゃない。

いや、もっとはっきりいえば、もし我が家の歴史について調べるとしたら、ヒデジが元気な間しか不可能と思っていたのです。
そして、ヒデジに話を聞け、無事文章としてまとめることができた。

公平にみて、ワタシはヒデジにたいして何の恩返しもできなかったといえる。でも唯一、ヒデジが愛した家族のことを整理できた。それしかできなかったけど、もしあの世でこのエントリを読んでくれたなら、本当に喜んでくれるんじゃないかと勝手に思っているわけで。
広告を非表示にする