~これでも仕事用です~

準エノケン映画鑑賞記1「江戸ッ子健ちゃん」

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戦前、P.C.L.→東宝で「準エノケン映画」というべき作品がいくつか作られました。
基準としては

エノケン単独主演ではない
・劇中でエノケンが歌わない(例外あり)

これに該当するのが
・「江戸ッ子健ちゃん」(1937年・岡田敬監督)
・「待って居た男」(1942年・マキノ正博監督)
・「韋駄天街道」(1944年・萩原遼監督)
・「どっこいこの槍」(未制作・1945年公開予定・黒澤明監督予定)
・「虎の尾を踏む男達」(1945年9月完成、1952年公開・黒澤明監督)
(※ 「虎の尾を踏む男達」とほぼ同時期に撮影され、同じく公開が大幅に遅くなった「快男児」(1953年公開・山本嘉次郎監督・原節子、藤田進共演。公開時のタイトルは「恋の風雲児」)は未見につき主演格かどうかも不明のため保留)

「待って居た男」と「韋駄天街道」は長谷川一夫とのダブル主演(正確には「待って居た男」は山田五十鈴高峰秀子を含めた4人が主演格)、「虎の尾を踏む男達」と未制作に終わった「どっこいこの槍」は大河内傳次郎とのダブル主演です。
これはフィルムの使用が極端に制限されたための処置で、小品喜劇はエノケン単独主演として作られ続けましたが(「磯川兵助功名噺」や「天晴れ一心太助」など)、大作は他のスタァとダブル主演という形で作られることになったわけです。

他の作品はその都度触れるとして、今回は「江戸ッ子健ちゃん」の話です。
この映画、上記を見ていただくとわかる通り、制作は1937年。つまり規制のユルかった時代の作品で、他の準エノケン映画とは事情が違います。
エノケンは特別出演という名目で、役回りは完全なコメディリリーフです。出番も2シーンしかない。

それでも「準エノケン映画」といえるのは、息子の榎本銕一が主演で、エノケン一座から柳田貞一や如月寛多他多数、一座ではないものの英百合子や堤眞佐子、柳谷寛といったエノケン映画の常連がワキを固めているからです。
さらに脚本(クレジットでは脚色)で山本嘉次郎、監督が岡田敬、とスタッフまでエノケン映画そのもの。
ということで、主演がエノケンでない以外はほぼエノケン映画なのです。

この映画は昨今では当たり前になった、漫画の実写化の極めて初期の例ですが、これは作者である横山隆一がかつてP.C.L.に在籍していた、というのも関係があるのかもしれません。
ちなみに「ちゃっきり金太」のオープニングの人物紹介のイラストは横山隆一が描いています。もうこの頃はP.C.L.に籍はなかったと思うけど。

さて、「江戸ッ子健ちゃん」は横山隆一の4コマ漫画が原作ですが、このタイトルは知らなくても同じ横山隆一作の「フクちゃん」はかなり後年にテレビアニメーションにもなったのでご存知の方も多いでしょう。
「フクちゃん」は赤塚不二夫の「もーれつア太郎」などと同様主役が交代した作品で、「フクちゃん」にも「脇役で」健ちゃんが出てきますし、逆に「江戸ッ子健ちゃん」にもフクちやんが出てくる。
主役の健ちゃんは先述の通り、エノケンの息子の榎本銕一、そしてフクちゃんを演じたのが当時3歳の中村メイコ。これがデビュー作です。

えらく説明が長くなってしまいましたが、その内容はというと・・・、これが非常に良いのです。何というか、児童映画のお手本のような作品。
健ちゃんもフクちゃんも器量がいいわけじゃないのに、子供特有の可愛らしさが溢れているんです。
途中、健ちゃんとフクちゃんの別れのシーンがあるるのですが、あっさりはしてるんだけど上手い演出で、ちょっと泣けます。(一旦別れはくるんだけど、ちゃんと素敵なハッピーエンドが用意されてるのでご安心を)

あとストーリーとはまったく関係なくフクちゃんが「因幡の白兎」を語るシーンがあるのですが、これが何とも愛らしい。
3歳の中村メイコにちゃんとしたセリフを喋らす、というような無理強いはしていないので、劇中ほとんど「アー」とかしか言いません。
しかしこの「因幡の白兎」はもともと中村メイコが祖母に教えられて暗記していたらしいのですが、これをエノケンが面白がって「ドキュメンタリー的に」撮影したものを採用したそうです。
でもこのシーンがあるとないとでは全然違う。フクちゃんの存在意義が大幅に出たわけですからね。

コメディとしての要素は柳田貞一(もう名優と言い切っていいと思う)の独壇場なんですが、とてもあったかくておっちょこちょいというおじいさん役を好演しています。
あと拾い物なのがエノケンで、出っ歯(付け歯)の瀬戸物屋の主人役なんだけど、これが予想以上に笑わせる。片っ端から商品の瀬戸物を割るエノケンは戦前の全作品の中でも一番笑わせてくれてるかもしれません。

あと学芸会のシーンで、和製テンプルちゃんのひとりだったミミー・宮嶋がタップを踏んでくれるのも嬉しい。
意外と芸そのものを映画で見せるみたいな発想がなかった戦前の映画で、これは大変貴重です。

それにしても、岡田敬、やるなぁ。以前も書きましたが、この人戦中に行方知れずになってしまったからか、現在監督としての評価はまったくないのですが、歌の使い方や子供目線の演出など、臭みがぜんぜんないのにホロリとさせてくれる。
清川虹子や柳谷寛の使い方も上手いしね。
もちろん山本嘉次郎の脚本もいい。元が4コマ漫画なので一本のストーリーにするのは難しいのですが、柳谷寛の堤眞佐子にたいする恋心と大学受験を「軸」に持ってきて、ちゃんと流れを作っているのです。
これ、一本で終わらせる作品じゃないよ。シリーズとして続いていったとしてもぜんぜん不思議じゃないですよ。

この作品は現代劇ではありますが「青春醉虎傳」や「千万長者」のような都会派コメディではありません。原作通り下町が舞台です。
オープンセットではなく、おそらくどこか東京近郊の小都市をまるまる借りてロケしたと思われますが、これも実に素晴らしい。
何度も登場する自転車屋や瀬戸物屋(なのに主人のエノケンはなかなか登場しない。ついに出てきた時は「待ってました!」と叫びたくなりました)などを見ているだけでも幸せになれる。
あ、「空き地に土管」という「ドラえもん」他でお馴染みの光景も、なんか、いい。(しかも地味にこの空き地がラストの伏線にもなっている)

以前書いた「江戸っ子三太」(これも岡田敬監督)同様、この作品も多幸感に包まれている。いるんだけど、もしかしたら制作から8年後の下町大空襲で、この街も灰になったのかな、なんて考えると、かなり切ない。
切ないといえば主演の榎本銕一は1957年に結核で夭逝してるんです。(享年26)
だから余計にそう思うのかもしれないけど、本当に、このまま時間が止まればいいのに、と思ってしまう。
とにかく観ててこれだけ幸せな気分になれる映画はそうそうない。そこだけは保証します。
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