~これでも仕事用です~

準エノケン映画鑑賞記2「待って居た男」「韋駄天街道」

今回は長谷川一夫主演モノ(もちろんエノケンも主演のひとり)二本を。正直出来不出来は相当な落差がありましたが。
しかし長谷川一夫ってフシギな役者だなぁ。あの独特の鼻にかかった声のせいで、カッコよくて芯は通った感じなんだけど、けして重々しくない。つかちょっと軽い。
声って要素は大きいですよ。声で役者の資質が決まるっていってもいいくらい。


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待って居た男
「昨日消えた男」に続く、マキノ正博による東宝オールスタァ映画。ジャンルでいえばエンターテイメントミステリとでもいうのかな。実に軽快で、でも役者の登場のさせ方が上手くてちゃんと「オールスタァ」してます。
ミステリとしては若干インチキ臭いけど、面白さは立派なものです。とにかくストーリーも役者も見せ方が抜群なのです。

この映画の主演は、何しろオールスタァ映画だからね、4人もいるんだけど、比較的最初から登場するのは高峰秀子だけ。いよいよ長谷川一夫山田五十鈴夫妻登場か、と思わせておいて、山田五十鈴がペラペラ喋ってる横で長谷川一夫は顔を見せない。んでシーンのオチ的に顔見せ。上手い!
エノケンに至っては物語が後半に入ってから。真打ち登場とばかりにエラソーに出てきたかと思えば、即座に得意のコケ。
この辺はコメディじゃないんだけど、キチンと笑いのポイントを置いてくれてます。そりゃそうです。エノケンが出てきたんだから観客も笑いを期待するはずで、そこらあたりは抜かりがありません。さすがマキノ正博。何でも撮れる人だからね。

ここまで読んでもらえればわかるように、最初の登場から主役4人は最大限の魅せ方で出てくる。
高峰秀子はよりキュートに。
山田五十鈴は饒舌に、でも意外と可愛く。
長谷川一夫はイキで頭が切れる。
エノケンは動きで笑わせる。
普通主役4人となったら喧嘩するもんですよ。舞台裏じゃなくてね、物語上で。それがお互いがお互いを助け合う存在になってる。マキノ正博もだけど脚本の小國英雄の功績も大きいはずです。

この映画のクライマックスにして、最大の映画的魅力はエノケンの演説シーンです。
事件解決の演説はエノケンにさせなければならない。何故か?
饒舌の山田五十鈴がやると軽くなりすぎるし、長谷川一夫がベラベラやると二枚目が台無しになる。
かといって少し頭が足りない設定のエノケンにやらせたら説得力が欠如してしまうはずです。
そこでこの映画では「長谷川一夫エノケンに全部真相を吹き込む」という、結構恐るべき方法で解決しているのです。

こうなったらエノケンは例の「ネェ〜!?」っていう得意の合いの手を挟みながらチャキチャキやればいいし(ちょくちょくアンチョコを見る=ちゃんと長谷川一夫の指示通りにやってるってのをわからせるのも上手い)、山田五十鈴は悔しがる可愛さを出せばいい。
裏で糸を引いている長谷川一夫は、エノケンのエラソーな演説や悔しがる山田五十鈴を見ながらニヤニヤしてればいい。
(ついでに観客は演説シーンの前に犯人を割ってくれてるので、長谷川一夫の立場でニヤニヤできる)
そう、誰も損しない。

時代劇って全員マゲに着物で、しかもモノクロだと登場人物が混乱しやすいんだけど、その辺も観客が余計な詮索をしなくていいようにわかりやすい配慮をしてある。
柳谷寛と鳥羽陽之助のコンビはパッと見ただけで頭は足りないけど悪いヤツじゃないとわかるし、中村是好、藤原鶏太(釜足)、山本禮三郎のトリオは半分狂言回しを兼ねていて、たいして悪いことができる連中じゃないとわかる。
とくにお馴染み中村是好の存在が効いてるんだよね。わりと全編出ずっぱりなんだけど、この人の顔が出てるだけで妙にホッとするというか。

ギャグはあるけどコメディとまではいかない。ユーモアというべきか。全編をユーモアで塗り染め、尚且つ物語としても面白さを提示してくれている。
珍しく、期待して観ても大丈夫、といってしまいましょう。


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韋駄天街道
「誉れの土俵入」の冒頭と同様木曽路を舞台に、「ちゃっきり金太」とほぼ同じ時代設定で贈る人情物ですが、いやぁ、かなりシンドイ出来でした。

そんな複雑な話じゃないのに、何で所々よくわからなくなるの?ワタシの理解力がないだけ?
それでも途中まではベタながらも、演出が悪いだけでハナシとしては、ま、これでいいかなと思ってたんだけど、ラストへ向かうにしたがって疑問符が加速度的に増えていくのは、もう何ともはやとしか言いようがない。
飛脚から郵便への移り変わりが主題なのはわかるけど、郵便になったからって何もかもそれで良しって問題じゃないでしょうが。とくにエノケンの子供の話は投げっぱなしすぎる。人情物としても失格でしょ。

これ、当時の観客は納得がいったのかね。ワタシは全然納得がいかない。(この年の興行収入5位だったらしいけど)
オチを割りたくないんで詳しくは書かないけど、ああいうことになって、でも飛脚が近代化されて郵便になって、めでたしめでたしって。んなアホな。
いやね、奥歯にモノが挟まった書き方になっちゃうけど、ああいう展開にするならするで、エノケンが如何にして前を向いたかは描かなきゃダメだと思うんです。正直あのくだりだけですべてが解決ってほど軽いことじゃないはずですよ。
(無理矢理例えるなら、家族の誰かが亡くなったけど、サッカーの日本代表が勝ったから、まあいいか、みたいな感じですか。ね?関係なさすぎるでしょ)

とにかく登場人物に行動原理がなさすぎる。何故そこまで、辻討ちをするほど長谷川一夫を邪魔者扱いするのかとか、一旦は反省の色を見せておきながら肝心の場面で姿を現さない夫婦とかね。
結局長谷川一夫の江戸の御家のことも、山根寿子の虚言手紙のことも放ったらかし。唯一コメディリリーフ的な使われ方の岸井明だけが儲け役という有様。

これいっちゃ身も蓋もないけど、どの登場人物も「感情」ではなく「作者の都合」で動いていますってのがミエミエすぎる。
人情物なら人情物でいいんですよ。ベタならベタで構わない。
だったらなおさら観ている側に疑問符が浮かぶようなもんにしちゃダメだと思うんだよね。

そんな中で大健闘をしてるといっても過言じゃないのがただひとり、エノケンです。この人実はドタバタより人情物の方が上手いんですよ。
物語として破綻しかかった時に、ワタシを引き戻してくれたのはエノケンのリアリティある演技でした。
ギリギリ映画として観てられるのは、もう、エノケンの絶妙な表情があるからこそで、本当、エノケンがいなければ超三文時代劇ですよ。

映画としてはモンダイガイですが、ことエノケンだけに絞ってみれば、あ、実はこの人こんないい役者だったんだ、とわかるっていうね。
ダメな作品だから余計役者の実力がわかるということがたまにありますが、まさにそれです。ちゃんと顔で芝居ができる人なんですよエノケンって。
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