読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる
~これでも仕事用です~

カマタリ・モカ・マタリ

f:id:gumiyoshinobu:20160511214715j:image

エントリタイトルに意味はありません。単なる駄洒落です。

さて前回の続きってわけじゃないけど、黒澤明監督作品は役者の使い方によって三期に分けることができます。
第一期が藤田進、大河内傳次郎主演時代
第二期が三船敏郎主演固定時代
第三期が主演変動時代
つまり第一期は「姿三四郎」から「素晴らしき日曜日」まで、第二期が「酔いどれ天使」から「赤ひげ」、第三期が「どですかでん」以降、ということになります。(ま、もちろん例外はいくつかあります。言うまでもないけど)

主演に限らず、実は「期」を跨いで出演している役者は少ないんですよ。
第一期から重要な脇役をつとめ、第二期に至っては「七人の侍」まで主演級として活躍した志村喬は「生きものの記録」で当初予定されていた主役が代わってからは端役に近い脇役扱いになってしまいました。

仲代達矢志村喬と入れ替わるように黒澤組に数えられるようになり、「用心棒」からは主演級になり、第三期でも「影武者」「乱」で主役をつとめましたが、それ以降は出演すらしていない。
それに仲代達矢は「用心棒」から「乱」の間でも出演していない作品が3本もあります。

そしてもうひとり、すべての作品に出てるわけじゃないし、主演もない。でも「生きる」から「影武者」まで、「画」でいえばモノクロスタンダードからモノクロシネスコを挟んでカラービスタまで、実に28年にも渡って黒澤映画に出演し続けた人がいます。
それが今回紹介する藤原釜足です。

経歴を見るとこの人、エノケンの足跡に驚くほどよく似ているのですよ。

・東京の下町出身
・浅草オペラのオペラ歌手に弟子入りして、コーラスボーイとして初舞台を踏んだ
・バイオリンを嗜んだ
・カジノ・フォリー(エノケンが大きく名を上げた劇団)に在籍していた
・P.C.L.にて「歌えるコメディアン」として主演映画を撮り始めた

さらには「短身で細身」という見た目まで共通している。
違いがあるとするなら、エノケンと比べるとひと回り地味だった、としかいいようがありません。
エノケンが面白かったかどうかの議論は避けるとして、主演映画を観る限りでも「華」と「強烈なインパクト」があったことは疑いようがない。
ところが藤原釜足には、そういうのがないのです。

P.C.L.第一回作品「音楽喜劇 ほろよひ人生」(1933年夏)で準主演をつとめたのが藤原釜足で、いい味を出してますが二枚目半的な雰囲気で、主役をやって目立つタイプには見えない。
翌年(1934年春)に公開された「エノケンの青春醉虎傳」にも藤原釜足が脇役で出てきて「おはら節」をひとくさりするのですが、二枚目半役から一年も経たないうちにハゲヅラを被ったオッサン役(劇中では老社員と紹介されている)として出てくる。
同年秋の「エノケンの魔術師」でも藤原釜足は支配人という、これまたオッサン役です。
もうこの時点で「シン(主役)」か「ワキ(脇役)」かがブレ始めています。

この後も主演で「只野凡児」シリーズ(シリーズったって、たった2本だけど。ちなみに上記画像は「只野凡児・人生勉強」の時のもの)、岸井明とコンビ(ジャガタラコンビと呼ばれたらしい)で何本か主演映画を撮ってますが、このコンビが終わる頃には早々に主演役者を諦めたとおぼしい。

正直、役者が「主演級を諦める」というのがどういう心境なのか、素人のワタシには測りかねるのですが、早めに見切りをつけたのはエノケンの影響があったと見て間違いないでしょう。
ほぼ持ち味が同じな上、向こうはそれにプラスして独特の愛嬌と華がある。
実力的にどちらが上だったかなどリアルタイムで見てないとわかるわけがないんだけど、仮にエノケンより藤原釜足の方が優れていたとしても、愛嬌や華は持って生まれたものなので努力でどうにかなるもんじゃないし。

でも結果的にですが、この見切りの良さが藤原釜足という役者を長持ちさせたといえると思うのです。
「馬」(1941年)あたりから真面目な演技で評価を受けるようになり、戦後も「青い山脈」などの名作に出演、そして1952年に不朽の名作「生きる」で黒澤明作品に初出演、存在感を見せます。

以降も「七人の侍」から「影武者」まで、多数の黒澤映画に出演しますが、中でも千秋実とのコンビで重要な役を演じた「隠し砦の三悪人」はかつての持ち味だったコミカルさと真面目な演技をごちゃ混ぜにした芝居で、高く評価されることになります。
有名な話としては、この映画の太平(千秋実)・又七(藤原釜足)コンビは「スターウォーズ」のC-3POR2-D2のモデルと言われています。
(どっちがC-3POでどっちがR2-D2とは言い難いんだよね。身長的には藤原釜足R2-D2だけど、体型とキャラ的にはC-3POぽいし)

結果として、まるで途中でエノケンと枝分かれしたかのような役者人生を歩んだ藤原釜足ですが、晩年は祭り上げられるわりには様々な不幸が襲ってきた末に早逝したエノケンに比べて、藤原釜足は晩年に至るまで「シブいワキ」として手堅く生き残った。
昨年も「スターウォーズ・フォースの覚醒」が公開されましたが、まァいや、二十一世紀になった今でも「藤原釜足の幻影」が見られるといっていいんだから、かなり良い役者人生だったんじゃないかと、ね。
広告を非表示にする