~これでも仕事用です~

模型に捧げる

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以前、カズミ・アカオの兄君に、子供の頃に夢中になった遊びは?と問うたことがあります。
何しろグミちゃんのお兄ちゃんであるトシオのモデルなのですから、こういう質問は意義があるのです。

その答えはこうでした。
「何といってもプラモデル作り。特に戦車は本当にいっぱい作った」
几帳面な兄君が丁寧な仕上げをしている姿が浮かびそうです。

しかしこの話はGumi-chan1961では採用していません。つまり「トシオ兄ちゃんの趣味=プラモデル作り」という設定にはしていない。
というのも、Gumi-chan1961は現実とは6年のタイムラグをあえて設けているからです。

カズミ・アカオがグミちゃんの年齢だった1967年。この時代ならトシオ兄ちゃんの趣味がプラモデルで何の問題もない。実際この頃プラモデルは大発展期を迎え、多くの小学生が夢中になっていました。

ところがGumi-chan1961の舞台設定である1961年はそうではないのです。
1961年はというと、やっと国産のプラモデルメーカーが出揃った程度で、品揃えも1967年とは比べ物にならない。都心部ならともかく、グミちゃんが住むような小都市にはプラモデルが趣味なんて小学生はほんの一握りだったはずです。
たかが6年、されど6年。わずか6年でも子供の趣味でさえ大きな変化があるのです。

さて、ワタシが何故そこまでプラモデルの勃興期のことがわかるか、それは井田博著「日本プラモデル興亡史 子供たちの昭和史」を読んだからに他ありません。
この本は本当に名著です。仮にプラモデルに興味がない人でも、少しでもミニチュアなどに関心がある人すべてに読んでもらいたい本です。

趣味の模型飛行機作りが高じて自ら模型屋を興した井田博は、やがて「モデル・アート」を創刊するなど、プラモデル業界の発展に多大な貢献をしてきた人です。
この本には、何時くらいから日本でプラモデルが普及しだしたか、そしてその前史である木材や針金を使った模型の発展、さらには模型にたいする日本人の気質まで、本当に模型を愛している人しか書けない「念」のようなものが充満しているのです。

ま、これは余談ですが、当ブログの主題のひとつである戦前モダニズムも模型とは切っても切れないものだということもわかるのです。
何しろ世界で初めてプラモデルが登場したのが1936年。そう、ワタシがしつこく書いている戦前モダニズムの頂点の年で、しかも生まれたのはイギリス!

この本を読むと、日本と欧米諸国でプラモデルがまったく違った発展を遂げたことがよくわかります。
素材がプラスチックか否かにかかわらず、欧米諸国での模型とは、あくまで「飾る」ためのものでした。
しかし我が国では、そういうのはウケない。そこで、ここら辺が如何にも日本的なのですが、模型の解釈を「動かして遊ぶ」ためのものとして作り、そして受け入れられたのです。

ゼンマイ式、モーター式、はたまたもっと簡素なゴムを動力に使ったものなどいろいろありますが、何かしらのギミックを備えることで、それを求心力にしてしまった。飾るのではなく遊ぶためのもの。それが日本の模型の歴史といっていいかもしれません。

もちろん情景模型としての発展(これは最初タミヤが提案したものらしい。当然情景模型自体はもっと昔からあるが、最終的に「写真に撮る」ことを主眼にしたのはタミヤとのこと)もあるんだけど、ガンプラブーム以降だってミニ四駆という「動かして遊ぶ」日本流模型の原点に立ち返ったような製品がバカ売れしたりする。

文庫本の方には井田博と当時のタミヤ社長(現会長)との対談が掲載されているのですが、ここで井田博が実に面白いことを発言しています。
何故日本では「動くもの」がウケるのかという話になって、タミヤ社長が「動かないものを好む」欧米はミニチュアの思想があるという言葉を受けた井田博が、日本はカラクリ人形の世界だ、と。

そういえば懇意にさせていただいている、はがいちようさんの作品を見ても、時間の流れを無視していない。点滅型の照明を用いるなどして静止を拒んでいる。
さらにいえば、現代版カラクリ人形といえるムットーニ氏の作品は日本でも高い評価を受けています。

翻って我々のGumi-chan1961は、現在のところ完璧な静止の世界です。ドラえもんひみつ道具でいえばタンマウォッチを押した状態、といえばいいのか。
もちろんデザイン上で「動き出しそうな」雰囲気は表現しているつもりなのですが、動き出しそう、と実際に動いている、はぜんぜん違う。
この辺りがGumi-chan1961が「ミニチュアの思想が強い」イギリスで受け入れられた理由であり、「カラクリ人形の世界」である日本でイマイチパッとしない理由なのかもしれません。

ここはかなり深く考察する必要があると思う。
日本人にとって「動くもの」と「動かないもの」の感じ方の差異、はすべてのミニチュア作家にとって無視できないと思うのです。

そういうことを気づかせてくれただけでもこの本には価値がある。
残念ながら井田博は文庫本のあとがきを書き終えた年に逝去されました。
でも、もし生きておられたら、絶対にお話しをうかがいたかった。

ミニチュアも模型です。いや、模型=プラモデルという認識が強くなりすぎただけで、ミニチュアも本来は模型の範疇に入ると思う。
模型に人生を捧げてきた彼だからこそ、もしお話しできていれば、根幹の部分の示唆をいただけたような気がするのです。
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