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~これでも仕事用です~

二人でひとり2

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以前、ザ・ピーナッツ(以下ピーナッツ)のことを書きました。
いや、正確にはピーナッツとその盟友であるクレージーキャッツ(以下クレージー)が如何に相性が良かったのか、そしてお互いに欠かせぬ存在だったかをしたためたのですが。
その時の最後にワタシはこんなことを書きました。

『どうしようもないことだけど、二十一世紀の今、セットとしてのピーナッツとクレージーは容易く見ることはできません。(中略)実はもうひとつ、ピーナッツと、クレージー全員ではなく植木等が単独で絡んだ貴重な番組が現存しており、むしろこちらの方が「呼吸」がわかって面白いのですがね』(2016年3月16日更新「二人でひとり」より)

今回のネタは、たしかに1960年代の出来事だし、ピーナッツとクレージーという1960年代の雄をメインにしていますから、ま、ありっちゃありなのですが、正直Gumi-chan1961の世界観からは外れる。
しかしここまで書いておいて、あとはほったらかしってのはワタシの性に合わないので、ね。

伝説的バラエティ番組「シャボン玉ホリデー」を憶えておられる方なら、ピーナッツとクレージーと聞いてまず浮かぶのは、ピーナッツとクレージーのリーダーであるハナ肇との掛け合いではないでしょうか。

とくにクロージングでピーナッツが「スターダスト」を歌っているところにハナ肇が乱入し、その日の番組の感想を述べた後、ピーナッツを軽くからかう、というのはフォーマットになっていて、人々に強い印象を残しました。

ところがクレージーの他のメンバー、たとえば植木等谷啓といった人とピーナッツがどの程度絡んでいたのかとなると、あんまりなかったんじゃないでしょうか。少なくとも現存している「シャボン玉ホリデー」ではほとんどない。
たしかに「シャボン玉ホリデー」ではないのですが、現存している別の番組でピーナッツと植木等の絡みを堪能できるのです。

1967年、渡辺プロダクション社長の渡辺晋の肝入りで、TBSにて植木等のワンマンショーが企画されます。
それが「植木等ショー」で、第1期が1967年7月から12月、第2期が1968年7月から12月まで放送され、最高視聴率が37%に達するなど人気番組になりました。

シャボン玉ホリデー」を例に挙げるまでもなく、当時のVTRは放送終了後に廃棄されることが多かったのですが、「植木等ショー」の場合、植木等が個人的にキネコ(VTRをフィルムに焼いたもの)にダビングしたものを所有しており、それがTBSの倉庫から発見されたのです。

すべてモノクロですし(本放送では第1期の途中からカラー放送)、全回ではありませんが、それでも全51回分中17回分が現存しています。
ピーナッツは第2期の13回目(1968年9月26日放送分)にゲスト出演しており、運の良いことにこの回も現存しているのです。

余談ですが、この「植木等ショー」は2010年にDVDボックス化されましたが、この時ワタシも少しだけお手伝いさせてもらいました。
ですからDVDのエンドロールにワタシの名前が流れます。エヘン!

そんなことはどうでもいい。ピーナッツがゲスト出演した時の「植木等ショー」の話です。
バラエティ番組、といっても「シャボン玉ホリデー」について書いた時に触れた通り、昨今のバラエティ番組とはまったく違います。
歌とコントがサンドイッチになった構成、となると当然番組中に何曲か歌っているということなのですが、この回でいえば

・何かいいことないか(オープニング。植木等白鳥英美子
・恋のロンド(ピーナッツ)
・ピーナッツの唄(植木等
・銀色の道(ピーナッツ、植木等
・女の子の長電話(ピーナッツ、植木等
・1968年ヒットメドレー(ピーナッツ、植木等
・チャオ(ピーナッツ、植木等
・星に願いを(クロージング。植木等

といった具合です。
このうちピーナッツの本来の持ち歌は「恋のロンド」、「銀色の道」、「チャオ」の3曲。
演奏は宮間利之&ニューハード。日本を代表するジャズのビッグバンドですが、バラエティ番組やクレージーの伴奏も数多く手がけており(何しろレコードテイクの「スーダラ節」も彼らが伴奏している)、少しおちゃらけた演奏もお手の物でした。

オープニングとクロージング、そしてピーナッツが自己紹介代わりに歌う「恋のロンド」を除いて、ただ歌うだけでなく、すべてコント混じりに歌われています。
完全にコントと歌が一体化したレビュウスケッチ風の「女の子の長電話」は別として、基本的にはマジメに歌おうとするピーナッツと、何とか崩そうとする植木等、という構図になっているのですが、とくに「銀色の道」はピーナッツがマジメに歌った後で植木等が歌詞をメチャクチャに変えてしまうという趣旨自体が可笑しい。

言うまでもありませんが、当時のバラエティ番組ですから構成はガッチリ決まっていて、一見アドリブ風ですが、もちろんすべて台本通りです。
だいたいちゃんと伴奏がついた歌をアドリブでやるのは、いくら宮間利之&ニューハードの能力が高くても不可能です。

しかしまったくアドリブがないのかといえば難しいところで、セリフや歌にアドリブがないだけで、ピーナッツと植木等が持つ空気感はアドリブというか「素」の要素が強い。
植木等が目も合わさずにピーナッツをからかい、それをピーナッツのふたりが同時にキッと睨む、なんてのは演出とかそういうことではないと思うんですね。

植木等ショー」は毎回ゲストを交えて歌とコントを披露していたのですが、植木等の性分の問題なのか、ゲストによっては妙に緊張していたり硬くなったりしていて、面白さが引き出せていない場合が結構あるんです。
それは植木等という人が本来ホストには向いてないからしょうがないのですが。

ところがピーナッツがゲストのこの回に限っては、植木等がリラックスしている様子が手に取るようにわかる。こういうことをすれば、このタイミングでこういうリアクションをしてくる、というのが完全に理解できてるから本当に楽だったんでしょうね。

植木等に限らずクレージーのピーナッツの弄り方は基本的に「オジサンが若い女の子をからかう」といった体なんだけど、それが音楽的な間に感じるほど完成していて非常に気持ちいい。
つくづくこれを映画で観たかったな、と思います。というかこれを再現してやるだけで、その映画は不滅のものになったはずなのに。

エノケン映画の時も書いたけど、保存に向いたメディアで仕事しておくってのは、やっぱ、必要ですよ。でないと後世になって伝説だけが一人歩きして、いやそれはいいのかもしれないけど、伝説っつーか伝聞なんか聞いてもちっとも面白くも凄くもないんだからさ。
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