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~これでも仕事用です~

エノケン映画鑑賞記特別編「四つの恋の物語・第三話『恋はやさし』」

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当ブログでは戦前モダニズムまでが範疇なので、今まで取り上げたエノケン映画はすべて「戦前・戦中」に作られたものに限定しています。
だからあえてエノケン・ロッパダブル主演の「新馬鹿時代」や、エノケン笠置シズ子ダブル主演の「歌ふエノケン捕物帖」などは(文中でちょろっと触れてはいるけど)基本的にはオミットしてあります。

ところが作られたのは戦後(1947年)ながらも、どうしても触れないと重荷に感じる作品が一本だけあります。
それが今回の「四つの恋の物語・第三話『恋はやさし』」です。

四つの恋の物語」はいわゆるオムニバス映画で、その名の通り4本の短編映画から成り立っています。
監督、脚本といったスタッフ、主演をはじめとするキャストは4本ともバラバラで、特に一本目の「初恋」は、製作・田中友幸、演出(監督)・豊田四郎、脚本・黒澤明、助監督・岡本喜八、演出補佐・杉江敏男、音楽・早坂文雄という、今の目で見れば超豪華スタッフによって作られています。
しかし「初恋」を含む他の三本は、まァ趣旨から外れるので触れません。キリないし。
今回は山本嘉次郎監督、エノケン主演の第三話「恋はやさし」だけに絞って書いていきます。

戦前、第一作「青春醉虎傳」や「孫悟空」など、数々の作品でコンビを組んだエノケンと山本嘉次郎ですが、戦後は山本嘉次郎の仕事の比重が脚本に移ったためか「新馬鹿時代」や「『動物園物語』より 象」などでしかエノケン主演映画を撮っていません。
先述の通り「新馬鹿時代」はロッパとのダブル主演だし、「象」はそもそもコメディですらない。
ま、それをいえば「恋はやさし」も純粋コメディではなく、あくまで「四つの恋の物語」のタイトル通り恋愛モノですし、所詮はオムニバスのうちの一本の短編(20分ちょっと)なのですが。
それでも山本嘉次郎監督、エノケン単独主演で、劇中エノケンが歌う、戦後に作られた映画はこれしかない。

しかしそれだけで、わざわざ「特別編」と銘打ってまで取り上げるわけではありません。
この映画の舞台は大正時代。浅草オペラ華やかなりし頃です。(でないとおかしいんだけど、劇中に見える文字が左横書きだったり、登場人物の服装は制作当時を思わせる。しかし1947年当時にここまでアナクロオペレッタがあったとは思えないので暫定的に大正時代ということにしておく)
その浅草オペラを舞台にしてエノケンや柳田貞一がステージで歌い踊る様が見られるのです。
しかも柳田貞一の役は実際同様エノケンの師匠役。つまりこの映画は「エノケン自身が25年前に帰って、下積み時代を再現している」のですね。

劇中劇「ボッカチオ」でエノケン、柳田貞一、中村是好の三人で「ベアトリ姐ちゃん」を歌う姿は、エノケン映画を観てきた者にとっては感動的です。「ベアトリ姐ちゃん」は数年前に放送された三谷幸喜作の「わが家の歴史」の中で効果的に使われていたので憶えている方もいると思いますが、「ボッカチオ」の衣装をちゃんと着て、華やかに歌うサマに「ああ、浅草オペラってのはこんな感じだったのかな」と思いをはせることが出来るのです。

また柳田貞一が本職であった、セット上とはいえ浅草オペラのステージで、実にイキイキと歌い踊るのも素晴らしい。
とくに劇中歌「桶屋の唄」は柳田貞一とコーラスだけで(つまりエノケン中村是好抜きで)歌われるので大変貴重です。
さらには、ミスを連発するエノケンを、バックステージで頭をはたいたりしてるのも、なんだか泣けてきます。
しかし実はこの時点で柳田貞一はすでに病魔に冒されており、映画公開から4ヶ月後に逝去しています。
いわばこの映画は柳田貞一自身がもっとも輝いていた時代を振り返る「白鳥の歌」になってもいるわけで、それもまた泣けるのです。

映画としては実にたわいない話です。
戦前は松竹映画の常連だった飯田蝶子がいい味を出してますし、ヒロインの若山セツ子も可愛いらしい。
山本嘉次郎の演出も不思議なカットバックで繋いだりして面白いんだけど、ま、それだけっちゃそれだけです。

たぶん浅草オペラやエノケンと柳田貞一の関係に興味がない人が観ても面白くないと思う。
それでもそれらに興味のある人には一見の価値があります。
トシのせいなんだろうけど、恋をしたエノケンが腕をクネクネさせて身悶える得意の芸も戦後はほとんどやらなくなった。もう恋がどうのという年齢じゃないから当たり前なんだけど。
それを、やっている。戦後に作られた、この映画で。

だから柳田貞一だけじゃなしにね、エノケンにとってもこの映画は「白鳥の歌」といえるんじゃないでしょうかね。

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