~これでも仕事用です~

おかげ様で一周年

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果たしてどれくらいの方に読んでいただいているかわからない当ブログ「Goodlucklight!」ですが、この度一周年を迎えることが出来ました。
ま、言ってもたかだか一年です。ハンドルネームでやってるブログとか14年近くやってるんだから、それに比べたら全然たいしたことないんだけど。

一周年だからといって別に書くこともないのですが、今まで書いてきたエントリの補足でもやろうかと考えています。

エノケン映画
観賞済み且つブログに書いてない作品は、あと3本です。もちろん今後アップしていきます。
厳密には3.5本なのですがね。0.5、とは、ですが、その話はまたおいおい。

ひとつだけ補足。
「エノケンの法界坊」の回で、オリジナル版から20分以上欠落した版しか現存していない、と書いたのですが、某所にオリジナル版からわずか4分しか欠落がない版が保存されているようです。
やはり画質は悪いようですが、10年ほど前にNHKBSでこの版を放送したことがあるそうです。
うーん、是非とも観てみたい。

タアキイ
ずっと観たいと思っていた映画に「グランドショウ1946年」って松竹作品があって、制作されたのは1945年の末。つまり終戦直後ということになります。
この映画にタアキイが出演している、ということは知っていて、たぶん「芝居」ではく「芸」を見せているんだろうなと思ってたんだけど、ついにそのシーンを観ることができました。

タアキイは「女装(っのは変だけど)」でダンスを踊っているのですが、これが凄い。正直タアキイにたいする認識が変わりました。

色川武大によると、水の江瀧子は全盛期ですら「容姿100、踊り70、唄ゼロ」と言われていたらしいし(後略)』(2015年9月19日更新「謎のタアキイ」より)

しかし私見では「踊り70」というのはかなり無理がある。もっと上です。
この映画のタアキイは先述の通り、女性としてのダンスを踊るのですが、実に華があって、しなやかで、しかも健康的なエロティシズムもあって、非常に美しい。女性のソロダンスでこれだけ惹きつけられるものもそうそうない、と断言できます。

ロンドン
何かいろいろ大変みたいですね。イギリスって国が。
ワタシはこのブログでは一切イデオロギー的なことは書かないと決めているので、深入りは避けますが、前も書いたように妹夫婦がケンブリッジに住んでいるので、ものすごく気にはなっているのです。

ヨシミツ家
ワタシの母方の実家の話です。が、さすがにたいして書くことがない。
もうすぐ母親は妹夫婦宅、つまりケンブリッジに半年間滞在する予定ですし、その母親もいろいろ体調に異変をおぼえるトシですが、まァそんなこと書いてもしょうがないしね。

1960年代
ワタシがグミちゃんにかかわりだしたのは2006年ですが、ものすごく正直にいえば、もうこの頃は1960年代にたいする「熱」はかなり醒めた頃だったのです。

この頃にはすでに興味の対象は1940年代後半から50年代に移っており(その後さらに1930年代〜終戦まで、つまり戦前モダニズムの時代へ移るのですが)、1960年代にたいしては、かなり「今更」という気持ちがあったんですね。

しかしグミちゃんをやるようになってから改めていろいろ調べ始めたのですが、いやぁ、やっぱこの時代は幅が広いわ。今まであまり注視してなかった中にも面白いことが山のようにある。
といってもマニアックすぎることじゃなくてね、いわば「当時は当たり前すぎて語り継がれていない、けど現在は消滅してしまった」なんてことが多すぎる。

「生活」の体験談なんて個人差が激しすぎて、象徴も平均も仕分けできないのですが、それでも丹念に調べれば調べるほど、ほんのりと「感覚」が掴めてくる。それが面白い。
たとえば「家の中におけるテレビの存在感」なんて、この時代のフィクションを描くには絶対に知っておかなきゃいけないことなんだけど、いくら個人差はあるとはいえ、ちゃんと調べればね、たぶんこうじゃなかったか、という推測くらいはできるようになる。

それって結局1960年代であろうが2016年であろうが一緒なんですよ。今だってテレビの存在感なんて各家庭において差があるのは当たり前で、それでも今を生きているんだから感覚みたいなもんはわかるでしょ。それと同じです。

マニアックな話はいくらでもブログで書けるけど、そういうのは面白くないし、ワタシとしてもやりたくない。問題はそこから何が見えるかなんです。
どれくらい「今」との落差があるか。そういうのをちゃんと提示しないとね。

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