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~これでも仕事用です~

魂の塊

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そんなタイトルのゲームがあった気がするけど、まったく、何の共通点もありません。

カズミ・アカオといえばワタシも深く関わっている「Gumi-chan1961」の作者ですが、グミちゃんシリーズを作る前は、かなりの数の似顔絵人形も作っていました。
最近の作品でいえば、懇意にさせていただいている「さかつうギャラリー」の「若」こと坂本直樹氏の似顔絵人形で、Facebookにも掲載したのでご覧になった方も多いと思います。

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彼女の作る似顔絵人形は、純粋な模写というよりは一種のキャラクター化であり、グミちゃんの世界の住人だったとしてもおかしくないデフォルメ感をもちながら、でも似てる、という方向性で作っています。
以前ネットで、「ドラゴンボール」でお馴染みの鳥山明が、自身のタッチまんまでタレントの千秋の似顔絵を描いたものを見ましたが、これが驚くほど似ていた。
ま、一緒にするのは恐れ多いけど、方向性自体は一緒って話でして。

さてこの度、とあるご縁でジャズ評論家の瀬川昌久氏に似顔絵人形をプレゼントすることになりました。
といっても瀬川氏ご本人の似顔絵人形ではなくね。
瀬川昌久氏といえばジャズの世界では神様みたいな方ですから、当然ジャズ界からの人選になるのですが、まずプレーヤーは除外しました。楽器を手に、というのは、あまりにも時間がかかりすぎるのと、楽器の持ち方ひとつにしても名プレーヤーには強い個性があるので、いくら顔が似てても全体的には似てない、なんてことになりかねないですから。

となるとシンガーから、ですが、たとえばカズミ・アカオが(ワタシもですが)大好きな女性ヴォーカリストのエラ・フィッシュジェラルド。しかしこれはこれで難しい。
似顔絵人形を作るにあたって一番困るのが、写真を一枚だけポンと渡されてコレで作ってねってパターンらしい。自由な角度から見れないのはもちろん、最低でも映像くらいは見ないと、その人の個性が出ないらしいのです。
エラは活動期間が長かったから映像もそれなりにあるけど、それでも少ないっちゃ少ない。
それに外国人はまた全然別の難しさがあると。

こうなると日本人しかない。
そこでふと浮かんだのがエノケンです。
当ブログにて散々エノケンのことを書いているワタシですが、瀬川昌久氏こそ戦前のエノケンのステージを生で観た、そして「塩辛声」「音痴」などという的外れな悪評の多かったエノケンを、如何に能力の高いジャズヴォーカリストだったか評価された人なのです。

で、エノケンにしよう、と決めてはみたんですが、その前にエノケンの似顔絵の画像を貼っていきます。

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どうでしょうか。どれもこれも決定的な共通点があります。
それは「ドングリ目に、大きくて分厚い唇」です。
下手したら目と唇だけで、鼻や他のパーツは省略すらされています。
ここでエノケンの写真を見ていただきたい。

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あれ?と思いません?そう、実はエノケンってたいして目は大きくないし、唇も別段分厚くないんです。
じっくり見ていくと、特徴がわかってきます。
まず鼻。意外と大きくて小鼻が膨らんでいます。
次に頬骨が出てる。出てるんだけど、素の表情の時はあまり出ていない。けど笑うと普通の人よりかなり出ています。
さらに顎。尖っている上に、実はかなりシャクレです。
口も特徴がありますが、分厚い唇ではなく口角が下がっているのが口の最大の特徴です。

エノケンの数々の似顔絵が「一見似ているようで実は似ていない」理由もはっきりします。
本来誇張すべき特徴を誇張せず、いや誇張どころか省略されたりする。これでは似るものも似なくなります。

そして一番肝心な話をします。
何故幾多の似顔絵で、必ずといっていいほど「ドングリ目」で描かれるのか、です。
でもこれは写真じゃわからないんですよ。映像で見ないと気がつかない。
戦前のエノケン映画ならなんでもいいです。とにかく観てもらえればわかるのですが、何をどうやっても「あまり大きくない目」に印象が寄っちゃうんです。

エノケンという人を語る時に絶対外せないワードがあって、どの書籍を読んでも「ガッツ」という言葉が出てきます。
以前書いた通り、エノケンは非常に優しい人でしたが、客を楽しませることにかんしてのガッツは恐ろしいものがあったといいます。

晩年片脚を失ってからは義足をつけて舞台に上がっていましたが、当時の義足は質が悪く、数分歩いただけで脚の切断面が血だらけになる壮絶なものだったといいます。
歩いただけでそれなのに、家に帰ってから「義足でトンボを切る」練習をしたっていうんだからハンパじゃない。
歩くだけで普通の人なら気を失うほどの激痛が走るんですよ。その何十倍かわからないほど負担がかかるトンボを切る練習なんて・・・。

エノケンの常人をはるかに超越したガッツは、目をみるだけでわかります。とにかくこんなに目からエネルギーが放出されている人は、いない。
そりゃ目への印象が強くなるのは当然です。
それでも目を大きくしてしまうと、凡百の似顔絵になってしまうので、黒目を特徴的な(パックマンのような)ものにして印象づけしています。
これは初の試みです。

カズミ・アカオはこんなことを漏らしました。

「私はエノケンのことは詳しくないけど、動いているのを見るだけで何で人気があったかはわかる」

「動いているのを見」てってのは、彼の身体能力についての言及じゃない。動いている時に発散されるエネルギーです。いやエネルギーを超えて「魂」といえるのかもしれません。
それがもう、普通の人とは違いすぎる、ということがカズミ・アカオは言いたかったのです。

様々な試行錯誤の末(今まで作った似顔絵人形の中でもダントツで一番難しかったらしい)生まれた、カズミ・アカオ渾身の作をご覧ください。

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似顔絵人形なんていうと、モノマネとかと一緒で、どうしても余芸として扱われがちです。
が、これほど「相手の本質」を掴まなければサマにならないものもないと思う。表層しか捉えてなかったり、安易に先行例の真似をしたら、さっき紹介したエノケンの似顔絵みたいになってしまう。

相手にゴマを擦るためのものでも、悪意を撒き散らして笑いをとろうとするためのものでもない、本質を掴もうとする似顔絵やモノマネは、作る側にも果てしないエネルギーが要求されます。だって対象者の「すべて」を受け止めなきゃいけないんだから。
ましてやエノケンのような突出した魂の持ち主の場合、本気で対峙しないと、簡単に弾き飛ばされる。

ワタシは作る側じゃないからアレだけど、似顔絵とかそういうことをやりたいと思われる方がおられましたら、これは相当の覚悟が必要だよ、と言ってあげたい気分なのです。

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