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エノケン映画鑑賞記16「エノケンの爆彈兒」

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今日のネタである「爆彈兒(爆弾児)」は現代劇なのですが、「青春醉虎傳」〜「頑張り戰術」のレビュー執筆後に観たので、かなり後回しになってしましました。

いやぁ、それにしても久々の現代劇です。
たしかに「青春醉虎傳」や「千万長者」のような都会派モダニズム喜劇ではないのですが、現代劇ってだけで心底ホッとします。
いくら観ても、どうも、時代劇は苦手だわ。

「癇癪持ちの主人公が絶対に怒ってはならない、という父の遺言を守りながら奮闘する」てな、落語にありそうな設定ですが、物語の舞台も落語っぽい。骨董屋で繰り広げられる、いわゆる丁稚モノで、小僧たちは「○○どん」と呼ばれるなど、土台は手堅すぎるほど手堅い。
しかし面白いのが、迷信狂いの婆さんをキーパーソンに持ってきたことです。
骨董屋のトップである迷信狂いの婆さんを味方につけるための、小僧のエノケンと番頭役の柳田貞一(またしても小悪党!)の綱引きがストーリーの軸になっています。

今回のエノケンは何と三役。主人公と(すぐに退場する)主人公の父親はともかく、迷信狂いの婆さんまでエノケンが演じている。
婆さんはかなり重要な役なので、当然主人公と同時に出てくる場面も多いのですが、合成がかなり自然で違和感なく観ていられる。
こういう「目で見える技術の進歩」が楽しめるのも戦前映画の魅力です。

妙に見所も多く、エノケンひとり二役の掛け合い漫唱もですが、某チャップリン映画を彷彿とさせる山小屋でのシーンや、異様に科学チックな手術シーン(厳密には手術ではないけどね)はかなり面白い。とくにクライマックスに手術シーンを持ってきたのは喜劇映画としては本邦初じゃないかね。大仰にいえば「チョットだけヨ全員集合!!」(1973年・ドリフターズ主演・渡邊祐介監督)のオリジン、といえなくもない。

制作は1941年ですからギリギリ太平洋戦争前です。まだ外来語禁止ということもなく、普通に「ハイキング」なんて言葉が出てきます。
そんな時期に、いやそんな時期だからこそかもしれませんが、迷信狂いを徹底的に風刺しているのは恐れ入る。
これ、現代でも結構悩まされている人もいるんじゃないかな。やたら占いなんかに凝ってて、いや本人が占いで行いを決めるのは何の害もないんだけど、いるでしょ、周りを巻き込もうとする人が。
それが上の立ち場の人だったりしたら、もう、ね。

この映画がユニークなのは「迷信狂いを利用しようとする」人が出てくるところで、エノケンを苛める番頭の柳田貞一が支店長の座を狙って、次々と刺客、つまり婆さんに自分に都合のよい御告げを吹き込むエラい人間(もちろん無理矢理仕立てただけの、裏で結託している仲間)を連れてくるのです。
そうなんだよなぁ。こういう人って利用されやすいんだよ。その辺もちゃんと風刺してあるのが凄い。
監督は岡田敬。何度も書くように評価のない監督なんだけど、風刺を含めて上手く表現していてね、ワタシの中では信用できる監督のひとりですよ。

ただ終盤、柳田貞一の策略を知ったエノケンが、幽霊として現れた父親の「怒れ!今怒らなきゃいつ怒る!」という声に励まされて、柳田貞一一味に飛びかかるのですが、この乱闘シーンがなんともはや。
もう、わざとかというくらい、たぶんわざとなんだろうけど、異様にこじんまりしていて。
普通この手の乱闘シーンって追っかけがあったり、ボディアタックをしたり、キックをカマしたりするでしょ。
それが地味ぃに「絞め技」。
ま、逆にその地味さが面白かったりするんだけど。

あとフィナーレがついてるのも、ちょっと嬉しい。
現代劇でフィナーレ付きなんて、それこそ「青春醉虎傳」以来なかったからね。(未見作品であるかもしれないけど)
ま、このフィナーレもかなりこじんまりとしたものですが、それでもないよりあった方がいい。

てなわけで、すべての面でこじんまりした小品だけど、作品の出来自体は悪くはない。もちろん「エノケン映画にしては」って注釈は付くのですが、現代でも通用する「身につまされ具合」がある分、そして何より「現代では到底作るのが不可能な内容(今こんな映画作ったら抗議が来まくるよ)」ってだけで評価も上がるわけで。

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