~これでも仕事用です~

懐かしい、を懐かしむ3

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お馴染み(そうなのか?)、2016年から「1980年代のレトロブームを振り返る」屈折したシリーズの第三弾です。

いきなり観念論的なことを書きますが、ワタシは「良い記憶」と「悪い記憶」があると思っています。
あ、もちろん「良い記憶=良い出来事の記憶」って意味じゃないよ。
ま、四の五の言ってないで例を挙げた方が早いか。
昨今、某グループ解散の話題が席巻していますが、この騒動を10年20年後にどのように記憶しているか、と考えればわかりやすい。

ワタシにとって「良い記憶」とは、リアルタイムで変な偏見やフィルターを持たず、あらゆる事象を客観的に捉えており、それが記憶として残っていることを指します。
逆に「悪い記憶」とは、木を見て森を見ず、じゃないけど、たったひとつのことだけを憶えていて、それを拡大解釈したような記憶です。

1980年代にとって1960年代はかなり近い過去ですから、いろんな人がいろんな記憶を持っていました。
パイが大きい分、「良い記憶」を持っており、尚且つ人々にわかりやすく伝えられる能力を持った人が、かなりいました。
(今は1960年代が遠い過去になりつつあり、パイが小さくなっていってるので、そういった能力を持った人を探すことがかなり難しいともいえます)

いわば「時代の伝道師」ともいえる人たちですが、では1980年代にどういった人が伝道師の役割を担っていたかを書いていきます。


泉麻人
まずはこの人を外すわけにはいきません。
TVガイド誌の記者でありながら、ペンネーム(が泉麻人)でコラムを書きまくっていたのですが、流行りのことだけではなく「懐かしネタ」も随分書いていました。
泉麻人の僕のTV日記」や、オカシ屋ケン太名義で書いた「おやつストーリー」は一冊にまとめられていますが、他の膨大な雑文の中にもかなり懐かしネタを混ぜていました。

しかしレトロと泉麻人といえば、何といっても「テレビ探偵団」(TBS)でしょう。
この頃にはすでにTVガイドの記者を辞めており、ということもあってか本名(朝井泉)で出演していました。
黒縁の伊達メガネをかけ、如何にもテレビオタクといった風情で(もちろん番組上の演出。普段はメガネはかけてなかった)、司会の三宅裕司山瀬まみの助手といった感じでの出演でしたが、出演期間は意外と短く1年半ほどです。

しかしインパクトは強烈で、泉麻人といえば「テレビ探偵団」か「冗談画報」(フジテレビ・これ、当時ワタシが住んでいた関西ではネットされてなかったので1、2回しか見たことない)くらいの感じではないでしょうか。
あ、そういえば今も続く「出没!アド街ック天国」の初期にも、今の山田五郎のパートで出演してましたね。

何だか話が逸れてしまいましたが、1956年生まれの泉麻人にとって1960年代は「もっとも思い入れのある」時代であり、子供の時点ですでに「これは将来「味」が出るに違いない」という理由でテレビ番組を「録音(まだ家庭用ビデオデッキがない時代だからね)」していたっていうんだからすごい。

また就職先がTVガイドってのも良かった。勤務時間外に資料室に入り浸り、昔の番組の詳細を片っ端から調べることが出来たんだから。
思い入れも知識も申し分なく、しかも絶妙に若者受けする文章が書けたこともあって、当時では最高の伝道師といえるのではないでしょうかね。


河崎実
え?と思われるかもしれませんが、あの河崎実です。「いかレスラー」や「地球防衛未亡人」などを手がけた、映画監督の河崎実です。
しかし1980年代は映画監督というよりはライターのイメージが強く、かなりの数のコラムを書いていました。

取り上げる範囲は先の泉麻人よりずっと狭く、彼が溺愛する「ウルトラマン」をはじめとする特撮物、加山雄三主演の「若大将シリーズ」、植木等を中心としたクレージーキャッツ映画、といった具合でした。
この「狭く深く」といった姿勢は泉麻人と違った伝道師の役割を果たしたんじゃないかと。
といってもわかりづらいので、当時の文章を引用してみます。

加山雄三の若大将が人間の持つポジティブな部分の拡大図とすれば、植木等の無責任男はネガティブな部分の象徴といえよう。しかし決して暗くならず、体制に反発し、突撃、爆発させて価値観を逆転させてしまうという爽快感を持ったキャラクターであった事は世界の映画史にも類を見ない秀逸な出来事なのである』(ミリオン出版「196Xレトロ大百科」より)

この一節だけで、河崎実が如何に愛に満ちた文章を書いていたか理解できると思います。


ビートたけし
これまた意外な人選ですが、今にして思えばたけしも間違いなく1960年代の伝道師でした。
屈折していながらも優しい彼の人柄で伝える1960年代は泉麻人とも河崎実ともまったく違い、より内面的なものでした。

酒ばかり飲んでいる父、荒っぽいけど家庭を守る母、優秀なふたりの兄、そして悪ガキそのもののたけし自身、といった構成の一家は、いわば1950年代から60年代にかけての象徴ともいえるような家庭であり、けして綺麗事ではない「ナマ」の姿を浮かびあがらせました。
それは「たけしくん、ハイ!」などのエッセイに克明に書かれていますが、テレビでもたまにポツンとつぶやく「時代への思い」はブラウン管越しでも十分感じることができました。

またフィクションとしてあまり語られることがない1960年代後半も「やったぜベイビー!」という、高校時代のたけしをモデルにしたドラマで語られているのですが、残念ながら一度もメディア化されたことがないのが惜しい。
これ、厳密にはたけし原作ではないし、たった5回の穴埋めドラマだったけど、かなり面白かったんですよね。せめてスカパーでいいから再放送しないかなぁ。


秋本治
といえば「こち亀」、フルで書くと「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(なげーなおい)の作者ですが、この人は漫画というか、「三丁目の夕日」とはまた違った、フィクションの中にレトロな光景を巧みに組み込んだ人です。
特に59巻の「おばけ煙突が消えた日の巻」と82巻の「光の球場!の巻」は是非読んでいただきたい傑作です。

今回は以上。

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