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~これでも仕事用です~

懐かしい、を懐かしむ4

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2016年から「1980年代のレトロブーム」を見る、というひん曲がったこのシリーズ、とりあえず今回で終わり。まだまだネタはあるので、気が向いたら続きを書きます。
一応中締めみたいな感じなので、ちょっと堅苦しい文章になってますがご容赦を。

これまでもしつこく書いている通り、2000年代のレトロブームのすべての基点は「ALWAYS 三丁目の夕日」でした。
これが何を意味するのか。
ALWAYS 三丁目の夕日」第一作の舞台設定は昭和33年でした。西暦に直すと1958年。つまり1950年代にあたるわけで、これが理由で「昭和30年代」という括りになってしまいました。

1980年代の方はそういう基点がないので、素直に「1960年代」という括りになっている。
実は時代を大まかに分けるとなると、昭和括りよりも西暦括りの方がわかりやすいのです。
たとえば高度成長期という言葉。これは1960年代には当てはまっても、昭和30年代には当てはまらない。

以前ココで取り上げた所得倍増計画という言葉が当時の首相である池田勇人から発せられたのは1960年です。
しかし当時は誰も本当に、所得が倍になる、なんて信じてなかったといいます。それが1950年代、いや昭和30年代前半までを生きてきた人の正直な気持ちだったのです。
つまり「そんな上手い話はない」と。

時代の区切りでいえば、西暦の方にあからさまな「区切りとなる年」があるのです。
それが安保の年であり、高度成長期の入口であった1960年。そして大阪万博の年であり、再び安保の年であった1970年なのです。

では1960年代括りだった、1980年代のレトロブームの最大の特徴は、といえば、何といっても「本物に語ってもらえる」ことでした。
何度も名前を出している「テレビ探偵団」という番組の「売り」は、1960年代当時に活躍していた人をゲストに招き、当時のVTRを見ながら懐古してもらう、というものでした。

これが非常に強力で、ただ「昔の番組やCMの垂れ流し」ではなく、撮影時の裏側といった「ナマの声」を聞くことができる。
正確な記憶ではないかもしれないけど、それでも「本人の口から語られる」というのはインパクトとして強烈で、変な話ですが、今の時代のWikipediaを読むよりもはるかに「知った気分」になれる。
いわばリアルタイムで体験した大人であろうが、生まれてすらなかった子供であろうが、マニア気分を味わえたのです。

当たり前ですが、これは2000年代版には難しい。何しろ年齢的に当時活躍していた芸能人のほとんどは鬼籍に入られるか、仮に生きておられてもかなり記憶が怪しい年齢に差し掛かっているわけで、結果ほとんどマニア層を増やすことはできませんでした。
そういうのは書籍じゃ無理なんですよ。書籍は補助であり、その前段階としてテレビで大々的に取り上げられることが必要なんですね。

ワタシが1980年代版レトロブーム、と聞いて、まず浮かぶメロディといえば「まぼろし探偵」のテーマソングです。
「あァかい帽子に黒マぁスクぅ〜♪」てやつ。
桑田次郎作の漫画の実写化ですが、漫画版はまったく読んだことはないし、実写の方も懐かし系の番組でチラッとしか見たことがありません。

でもテーマソングは、あまりにも「あの頃」っぽいメロディで、同じように多様された「少年探偵団」(替歌が「テレビ探偵団」のテーマソングになっていた)や「月光仮面は誰でしょう」「快傑ハリマオ」よりも残っているのです。
(厳密にいえば「快傑ハリマオ」の元歌は1942年に作られた「マライの虎」(歌・東海林太郎)なんだから1960年代とは違うんだけどね)

これが2000年代版になると、イメージミュージックが「ALWAYS 三丁目の夕日」のテーマ曲になってしまう。「ちゃーらーらーらー ちゃららららー♪」ってやつ。わからんか。
でも、当たり前だけど、この曲が作られたのは2000年代、つまり今の人が「昭和30年代をイメージして」作った曲に他ありません。

子供向けかもしれないけど時代の空気が濃密に反映された「本物」(「まぼろし探偵」のテーマソング)と、音楽的には良く出来ているにしろ、いくら頑張ってもイミテーションになってしまう「ALWAYS 三丁目の夕日」のテーマ曲を比べるのは本当は酷なのです。
たぶんそれはみんなわかっていたはずなんだけど、時代が経ちすぎている影響で、ある種のハリボテにするしかなかったんです。

ワタシたちがGumi-chan1961という作品を作るにあたり、実際2000年代のレトロブームの時に発売された書籍類のほとんどは参考にすらならなかった。
逆に1980年代に発売された書籍類は大いに役に立った。そういう意味ではGumi-chan1961は1980年代の空気も入っているのかもしれません。

もう一回ね、Gumi-chan1961という作品で、1960年代を再構築したいという思いが強いです。
1980年代的な捉え方でも2000年代的な捉え方でもない「やり方」が出来ればな、と。

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