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~これでも仕事用です~

ミゼット!ミゼット!(ダイハツの)ミゼット!!

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Gumi-chan1961は既存の<よくある>1960年代的光景を否定するところから始まりました。
そうしないと差別化できないからで、リアリティを獲得するために徹底的に調査し、ディテールにこだわったのです。

わかりやすい例でいえば紙芝居。
1961年といえばすでにテレビの普及はかなりのもので、もう子供たちが紙芝居に興味を示さなくなった時代でした。
紙芝居の全盛期は戦前で、あの「黄金バット」も戦前期のものですし、紙芝居で食い詰めた水木しげるが貸本漫画に手を染めたのは1950年代です。
紙芝居という商売が完全に消滅したわけではなかったのでしょうが、それでも「日常の光景」ではなかったのは間違いないわけで。

このように「日常の光景」で実はなかったものは積極的に外していったのですが、あまりにも定番になっているものも外そうと。
どうしても「クサみ」になってしまうんでね。

しかし「定番中の定番」ながら、どうしても外せなかったアイテムがあります。
それが今回のテーマである「ダイハツ ミゼット」です。

商店街に一台も自動車がないのはおかしい、となれば時代的に、そしてグミちゃんが住む街が地方都市ということを鑑みても自家用車ではなくトラックが相応しい。
で、やはりこの時代のトラックといえば、オート三輪になってしまうわけで。

本当はちょっとズラして、ミゼットではなくマツダのK360とかくろがねのベビーって方法もあったんだけど、グミちゃんの住む街は近畿地方の外れという設定なので、大阪のメーカーであるダイハツ製にするのが最も適切だ、となったわけです。

とはいえ、ジオラマならともかくオート三輪とはいえ自動車。残念ながらワタシにフルスクラッチする(一から作る)だけの能力がない。
プラモデルで、とも思ったのですがスケールが合わない。そもそも1/10サイズのプラモデルなんてほとんどありませんからね。

もうこうなったら村上さんに依頼するしかない

村上さんとは何者か、ですが、正しくは村上正さん。元々鍛冶屋で、技術を活かして鉄素材のアート作品を作ってこられた方です。
ひょんなことからお知り合いになり、グミちゃん用にウンテイやジャングルジム、ブランコを作ってもらったこともありました。(現在はすべて非公開)

後にはロンドンでの展示用に火の見櫓まで制作していただいた、ワタシたちにとって非常に重要な外部スタッフなのであります。
村上さんならミゼットが作れる、作ってもらえるのではないか、と相談したところ、快諾していただけました。

ミゼットのキャッチーさは展示の大きな売りになりました。本当、ミゼットがあるとないとではぜんぜん違う。
村上さん、あらためてお礼を申し上げます。

さてさて、典型的1960年代的光景の「斜め上」を狙ったGumi-chan1961という作品でさえ外すことができなかったミゼットですが、どうもあまりにもミゼットが1960年代的光景すぎるので「オート三輪の全盛期は1960年代」と勘違いされておられる方がおられるかもしれません。

オート三輪の全盛期は紙芝居同様、戦前期でした。
もう今となっては信じられませんが、戦前期において、何とオート三輪は「無免許で乗れる」自動車だったのです。もちろんサイズの制限はありましたが、それでも無免許で乗れる、安価である、といった理由で売れ、大手中小問わずオート三輪市場に参入していったのです。

戦後に入って免許が必要になったこと、そして四輪のトラックが売り出されるようになると一気に衰退していきました。
オート三輪のメリットとしては

・安価である
・取り回しが楽(四輪車より圧倒的に小回りが利く=狭い道でも運転しやすい)

といったところですが、デメリットと裏返しで、安価が売りなので品質の高い部品が使えない(=故障しやすい)、取り回しが楽な分、走行が不安定で高速走行ができない、とわりと致命的な欠点を抱えていました。
年配の方なら、いともあっけなくオート三輪が転倒する様子を覚えておられるのではないでしょうか。

そんな中でダイハツオート三輪市場に一世一代ともいえる商品を投入します。
戦後設定された軽自動車規格に合わせたサイズにして税金を抑え、大手メーカーならではの大量生産効果で品質の良い部品を搭載し、安価だけど品質の高いオート三輪を作り出します。

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それがミゼットで、走行が不安定なのも、あくまで近隣への配達用なので問題がない。
しかも「やりくりアパート」というコメディ番組で、主演の大村崑が「ミゼット!ミゼット!」と連呼したため(いうまでもなくダイハツがこの番組のスポンサー。ステマじゃないよ)、爆発的な売れ行きを示しました。
これに触発されて開発販売されたのが先ほど挙げたマツダK360やくろがねベビーで、ちょっとした軽オート三輪ブームが起きたのです。

しかしブームは長く続きませんでした。
くろがねは身売りを重ねた末に倒産し(末裔会社は現存)、ミゼットの製造販売元のダイハツも四輪軽トラックのハイゼットを発売するなど、あっという間にブームは萎んでしまいます。
だけれども短いブームだったからこそ、あまりにも1960年代的(正確には昭和30年代的)光景になり得た。この時代にしか「日常の光景」になっていないからです。

ただミゼットは実に愛らしいフォルムをしていたことから桑田佳祐が監督をつとめた「稲村ジェーン」という映画で使われたりしたのも面白い。(ワタシはこの映画を未見なので詳しくは知らないのですが、どうも1960年代が舞台だったようです)

あまりにも1960年代的存在でありながら、普遍さをも持つミゼット。こういうポジショニングって実はGumi-chan1961の目標なのかもしれません。

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