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~これでも仕事用です~

モダニズム映画鑑賞記3「只野凡児・人生勉強」

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今回は藤原釜足主演の、P.C.L.映画第三作目になる「只野凡児・人生勉強」(1934年)の話です。

この作品も以前紹介した「江戸ッ子健ちゃん」同様、漫画の実写映画化の初期の例ですが、原作は麻生豊。といっても、さすがに知る人は少ないはずです。
麻生豊の代表作といえば報知新聞夕刊に連載された「ノンキナトウサン」になります。
大正期の人気漫画、となれば必ず名前が出てくるほどの作品ですが、大正末期にアニメーションと実写で映画化されるほどでした。

その「ノンキナトウサン」の続編といえるのが「只野凡児・人生勉強」で、トウサンの息子の只野凡児を主役に据え、こちらは朝日新聞夕刊に連載されました。
この作品も「ノンキナトウサン」同様人気を呼び、P.C.L.で映画化されたのがタイトルも同じこの映画です。(余談だけど、ほぼ同時期に「笑の王国」という劇団が「只野凡児」を舞台化(作・菊田一夫)している。凡児役は古川緑波

純情で恥ずかしがり屋、しかも要領の悪い只野凡児が、大学を出たものの仕事が決まらない、という当時の世相を反映させながら、就職に恋愛に奮闘する、というのがアウトラインですが、主人公役の藤原釜足がハマっており、実に自然に観進めることができます。

とくにエノケン映画の時に何度も何度も書いたのですが、戦前の喜劇映画は二十一世紀の今観ると「笑えない」のが基本です。やはりいろんな意味で時代が変わりすぎた。
にもかかわらず、はっきりギャグはギャグとして処理されているものが多いのが困ったものでして。

変な話ね、邦画で本当の意味で笑える喜劇映画なんか、時代を問わずほとんどないんです。ワタシが厳しいだけかもしれないけど、むしろ最近の「シン・ゴジラ」のように喜劇と謳ってない作品の方が笑いのポイントを置いてくれてるし、実際笑えたりする。

だったら喜劇には下手にギャグはいらない、なんて支離滅裂なことを考えたりしてしまうのですが、クレージーキャッツの映画なんか喜劇であるにもかかわらず、本当にギャグが少ない。だから逆に今でも普通に観れたりするんですね。

で、この「只野凡児・人生勉強」ですが、前々作「音楽喜劇 ほろよひ人生」、前作「純情の都」に比べると、かなり喜劇寄り、というか音楽性やストーリー性はかなり弱めで、笑いに絞ってあります。となると当然ギャグも多い。

ところがこれが、意外なほど笑える。「笑えないことが前提」の戦前喜劇映画でこれは稀有なことです。
もちろん藤原釜足の喜劇的演技の貢献もありますが、シナリオ自体がかなり笑えるように出来ているのがわかるのが凄い。

ストーリーはたわいないし、出演者も「いつもの」P.C.L.社中なので書くことがないので、作品についての言及はここまで。
それより、如何にもモダニズム映画だ、と感じられる箇所を紹介したいと思います。

ひとつ目は、主人公の只野凡児が就職するのがオモチャ会社という設定なので、戦前期のオモチャがいろいろ出てきます。
具体的には、と書こうと思ったけど、文字より画像の方がわかりやすいでしょう。

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実際にこれらが日本製かどうか、つまり国内生産されたものかはさだかではありませんが、もうこの時代にすでにボブルヘッド人形なんかがあったのですね。
ま、デザインは洋物そのままって感じで、日本風の可愛らしさまでは到達できていませんが、それでもこれが今のクールジャパンの元になったと思えば感慨深い。

もうひとつ、この頃のP.C.L.映画のお約束といえばタイアップです。
第一作「音楽喜劇 ほろよひ人生」は大日本麦酒、第二作「純情の都」は明治製菓でしたが、第三作になるこの「只野凡児・人生勉強」は白木屋です。

白木屋、というと「居酒屋?」なんて思われそうですが、かつて東京の日本橋に存在した老舗デパートで、その後東急百貨店日本橋店となり、現在は同地にコレド日本橋ができています。
タイアップなので当然ですが、かなり丹念に白木屋でロケをしている。外観はもちろん、内装も良くわかります。

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もうこの頃から、エレベーターは当然として、すでにエスカレーターが設置してあったのもはっきり映っています。
上得意様用の別室があったり、売り場の雰囲気も戦後の、ワタシたちが知っているデパートとほとんど変わりがない。
しいていえば、半纏を着た店員がいることくらいですかね、違いといえば。

さて、白木屋といえば、あの事故のことを書かずにはおれません。
この映画が公開される一年ちょっと前、白木屋で大規模な火災が発生しました。日本初の高層建築の火災ということですが、死者は13人と大規模火災にしては少なく済んだ部類に入ります。
それなのに、いまだにこの事故が語り継がれているのは、いわゆる「ズロース伝説」なるものがあったからです。

今でもそうですが、女性は和服の下には何も履かない方がよい、という習慣があります。
この当時は和服の人の方が多く、洋服でもスカートの下には下着を着けない、とする人が一般的だった、らしい。

で、それがこの火災と何の関係があるのか、です。
高層階にいた女性客、女性店員は命綱を伝って地上まで降りようとした。が、下には野次馬が山のようにいる。下着を着けていないから大事なところが丸見えなわけで、羞恥心から命綱を離して裾を押さえ、命を落とした女性が多数いた、というのが伝説の概要です。
さらにいえば、この惨事から女性のズロース(パンティ)着用が促され一般的になった、と。

この件を真面目に検証した書籍があります。井上章一著「パンツが見える。羞恥心の現代史」がそれで、この伝説の真偽を手始めに、女性が大事なところを見られることにたいする羞恥心が生まれたのはいつか、に至るまで、実に丹念に調査をした良書です。
あえて伝説の真相は書きませんので、是非読んでみてください。

何だか映画の話からズロースの話に飛んじゃいましたが、ただ内容がどうのというより、1シーンから歴史的検証ができるのも戦前映画の醍醐味なので、これでいいのです。
まァ、とくにこの映画にかんしては、観てください、と書いたところで簡単に観れる映画じゃないからしょうがないんだけどね。

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