~これでも仕事用です~

猛然のゲンイチ

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以前「絶妙のイマタケ」というエントリで、戦前から戦後にまたがって活躍した今竹七郎というグラフィックデザイナーのことを書いたことがあります。

今竹七郎のデザインは、戦前戦中期の大大阪でのデザインが如何に優れていたのかを証明する素晴らしいものなのですが、その今竹七郎が文句なしに認めた優秀なデザイナーがもうひとり、関西にいました。
それが今回紹介する早川源一です。

何度か転職し、最終的にはフリーのデザイナーとなった今竹七郎とは異なり、早川源一は最後まで企業の一社員としてデザイナー人生を全うしました。
その企業とは阪神電鉄です。
彼は阪神電鉄の社員として、電鉄関連の様々な、そして実に優れたポスターや意匠を製作しました。
たとえばこれ。

 

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もう単純に、絵画としても優れています。というか、海水浴のポスターを逆光表現でやるという発想自体が素晴らしい。
もうひとつ。

 

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体育大会のポスターでありながら、かなり軍事色を帯びていますが、先の海水浴のポスター同様「モダンでありながら、とてつもなく力強い」、いや「とてつもなく力強くありながら、モダン」というべきか。
この猛然ながらモダン、というのは早川源一デザインに共通しています。

え?早川源一のことを書きながら?「アレ」について触れないのは変?
そうですよね。わかっております。早川源一といえば、絶対に「アレ」を抜いて語ることなどできません。
しかし「アレ」について触れる前に、早川源一と野球の関わりについて書かせてください。

早川源一がデザイナーという立場で、初めて高校野球以外の野球に関わったのは1934年と思われます。
この年、読売新聞主催で、メジャーリーガーを招いての日米野球が企画されます。
これは1931年の日米野球の成功を受けてのものですが、招聘する日本側はひとつ野望がありました。
それは、1931年の時に招聘に失敗した「ベーブ・ルースを、何としても日本に呼ぶ」ことでした。

ベーブ・ルースの名声は日本にも轟いており、もし彼が来日するなら超目玉になるのは必至です。
ベーブ本人は一度は日本行きを承諾したものの、直前になって渋りだします。そこで日本側代表の鈴木惣太郎が急遽渡米し、ベーブに「これを見てくれ。これほどまで日本人はあなたの打撃を見たがっているんだ!」と説得したという、漫画みたいな逸話があります。
で、その時ベーブに見せたポスターがこれです。

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このポスターを見たベーブは一転して日本行きを承諾します。
おわかりですよね。このポスターを描いたのが、何を隠そう早川源一なのです。
ちなみに1934年の時点では、阪神電鉄はそれほど野球に関わっていたわけではありません。
たしかに甲子園球場というスタジアムを持ち、そこで春夏の高校野球全国大会が開かれていましたし、一応レベルですがノンプロチームも所有していましたが。

早川源一に、というか阪神電鉄にポスター製作の依頼があったのは、日米野球甲子園球場でも開催されるからでしょうが、現存するポスターを見ると東京の神宮球場でおこなわれる分にも同じデザインが使われており、大会通じての公式ポスターだったというのが妥当です。

この日米野球の開催後、日本代表チームだったはずのメンバーは、まるまる「東京読売巨人軍」となります。
野球は1チームだけではゲームができませんので、読売は他の企業にもプロ球団を持つように働きかけます。
中でも熱心に誘ったのが、甲子園球場を有する阪神電鉄でした。が、この辺の話は以前書いたので割愛。

プロ球団を持つことになった阪神電鉄は、ニックネームを「タイガース」と決めます。続いて意匠や球団旗のデザインも決めることになった。
そのデザインを任されたのが早川源一でした。
さあ、引っ張りすぎるくらい引っ張りましたが、いよいよ「アレ」です。

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正直ここまで完成されたデザインの意匠を、ワタシは他に知りません。
元デザインはポスターカラーで描かれたといいますが、縁取りのない、そして色数の少ないモダニズム溢れるデザインながら、早川源一のもうひとつの特徴である「猛然さ」も見事に表現されています。

スポーツチームの意匠なんだから「猛然さ」は絶対に必要で、同時にシンプルなモダンさも必要。さらにいえば、モノクロ印刷でも不具合かつ違和感のないデザインにしなければならない。
これらを高い次元で成し遂げているプロスポーツチームの意匠は他にありません。(あ、言い切っちゃった)
ついでに言うけど、悪口になっちゃうから具体的には書きませんけど、「猛然さ」も「モダンさ」もないプロスポーツチームの意匠なんか、いっぱいありますからね。

「タイガース」というニックネーム、球団ができる前からあった甲子園球場、そして1936年に誕生した「阪神タイガースの歌(通称・六甲おろし、制作時は「大阪タイガースの歌」)」、と、創設時から使われ続けているのはここだけです。(ジャイアンツでさえ何度も、意匠も球団歌も変更されている)

特に意匠や球団旗に関しては、創設時に早川源一という天才デザイナーが作ったコンセプトデザインが、あまりにも普遍的であり、あまりにも素晴らしかった証拠です。
阪神タイガース創設時の立役者として、景浦將や松木謙治郎若林忠志を挙げる人はいると思いますが、同じくらいのランクで「早川源一」という名前も挙げてもらいたい、本気でそう思います。

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