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モダニズム映画鑑賞記4「踊り子日記」

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4回目となりました「モダニズム映画鑑賞記」、今回はP.C.L.映画第四作目になる「踊り子日記」(1934年)の話です。

いやぁ、ひと言でいえば、相当かったるい作品でした。
それまでの三本(「音楽喜劇 ほろよひ人生」「純情の都」「只野凡児・人生勉強」)は木村荘十二が監督をつとめていましたが、今作はこれが初監督作品となる矢倉茂雄です。
何というか、逆に木村荘十二が如何に「ちゃんとした」演出をしていたのかがわかったというか。

矢倉茂雄は野村芳亭(日本映画黎明期の名監督で「砂の器」などを撮った名匠・野村芳太郎の父)門下だったようですが、たぶんそんなことより「とある」失態の方が語り継がれている存在です。

1936年に矢倉茂雄が撮った「処女花園」という作品で初めて助監督についたのが若き日の黒澤明でした。
ところが矢倉茂雄はかなり傲慢な人だったようで、このことがきっかけで、黒澤明は映画界から足を洗おうとします。
事情を知ったP.C.L.の偉い人が「監督といってもいろんな人がいる」といってなだめ、博識で穏やかな人柄だった山本嘉次郎が撮った「エノケンの千万長者」につくことになります。

黒澤明の才能を見抜いた山本嘉次郎はとくに黒澤明を可愛がり、黒澤明も山本嘉次郎の片腕になるほどの働きを見せて、監督としての基礎を取得していくのです。
矢倉茂雄は、いわば「世界の黒澤明を潰しかけた」ことだけで後世に名前が残ってしまった。
ま、もちろん黒澤明は入社したてで、海のものとも山のものもとつかない存在だったのは間違いないけどね。

それにしても「踊り子日記」を観る限り、いくら矢倉茂雄にとって初監督作品だったとしても、力量不足は否めない。
主演は千葉早智子と大川平八郎ですが、これまでの木村荘十二作品とは比べ物にならないくらい「クサい」芝居になってるし、藤原釜足と岸井明の喧嘩のシーンなんか酷いものです。
それに、いくらなんでもフェードアウトとクロスフェードを使い過ぎ。だからちっともテンポが出ない。

十分「ロマンティックモダン喜劇」になるだけのポテンシャルはシナリオにあるのに、演出意図がよくわからないために、下手なメロドラマにしかなっていない。
これ、木村荘十二が撮ってたら全然違った結果になったんだろうな、と思うと悔やまれます。

だからもう、内容っつーかストーリーなんかどうでもいい。それより「踊り子日記」が貴重なのは、浅草のレビュウ劇団が舞台になっていることなのです。
もちろんカリカチュアはされているんだろうけど、浅草オペラから連なるモダニズム溢れるレビュウの裏側が見れるだけでも、後世の人間にとってはありがたいのです。

クライマックスは舞台上のシーンで、淡谷のり子が「恋の月」を歌ったり、ベティ稲田(ベテイ・イナダと表記されている)が「島の唄」というハワイアン調の曲を歌ったりする。
若き日の淡谷のり子がステージで歌う姿は貴重で、ここだけでも観る価値はあります。

そして見所は古川緑波声帯模写をやる場面があるのです。
古川緑波声帯模写はレコードにも残されていますが映像で観るのはこの映画が初めてだったんだけど、「声帯模写」と謳いながら、表情や仕草もかなり寄せており、予想以上にクオリティが高い。

二村定一藤原義江エノケンの三名の真似を「ストトン節」に乗せてやるのですが、とくに二村定一の「歌う時の表情」をコピーしているのは感心しました。

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エノケンも、例のちょっと腰を引いた立ち方を真似ており、素直に「ロッパ、やるなぁ」と思いました。

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何しろレビュウですから、女性陣によるラインダンスシーンも用意されているのですが、ここからちょっと下世話な話をします。
戦前の女性たちが、たとえ女優だろうと皆足が太くて短い、というのはわかっていましたが、もう、ビックリするほど胸がない。今の時代に貧乳といわれている方が豊満に思えるほど、揃いも揃ってペッタンコなんです。

女性の体型が欧米人化したのは1980年代くらいからでしょうが、それにしてもここまで変わるものなのか。
もちろん全員が全員ペッタンコだったわけではなく、W高峰(高峰三枝子高峰秀子)は豊満でしたし、原節子は豊満とはいえないけど、肩幅が広くて当時としてはかなり欧米人的体型ですよね。

戦前の映画を観てて、もう思われているよりも現代と「変わってない」箇所の方が多いです。そりゃ和服の人が多いし、細かいところは変わってますよ。でも、少なくとも江戸時代を眺めるのとは訳が違う。言葉遣いなんかも想像以上に変わってない。

でも女性の体型は別です。おそらく男性の体型だって別でしょう。
古川緑波や岸井明が人気を集めたのは、多芸さもありますが、まず「太っている」というだけで珍重されたのです。ガリガリに痩せているのが当たり前、太っている方が珍しい時代だったからね。

「只野凡児・人生勉強」で丸山定夫が「恰幅の良い」人物として登場しますが、元々丸山定夫は瘦せ型で、かなり着込んでいるんでしょうね。そうでもしないと「恰幅の良い」俳優とかめったにいなかったから。

ま、食生活が変わったのは間違いないことで、以前書いたように太れるような食事ができたのは古川緑波のような稼ぎの良い美食家に限られます。
でも今は、普通の生活をしているだけでも簡単に太ってしまう。おかけでワタシなんかみっともない体型になってしまったし。
たぶんワタシが戦前にタイムスリップしたら、何だこの腹だけ出た奇異な体型のオッサンは、と思われるんだろうな。あーやだやだ。

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