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~これでも仕事用です~

東京タワーは「何処」的?

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今年の5月にイギリス人アーティストの友人が日本に遊びにきてね、空港からホテルまでクルマで送ったのですが、途中東京タワーが見えて。
「あれは何のための塔だ?」と聞かれて、とっさに答えることができなかった。「放送」の英単語が出てこなかったんです。
3分後くらいに突如「あ、ブロードキャストだった!」と思い出したんですが、その時はすでに話が変わってて後の祭り。
今でも、このことをふと思い出したら、なんか悔しくてしょうがない。

さて、当ブログで戦前モダニズムのことを書いてますが、戦前の東京をふたつに分けるなら「浅草的」と「丸ノ内的」になると思います。

若干補足します。丸ノ内といえば、東京駅の西側、丸ビル(今は新丸ビルか)とか郵便局あたりのことを指すと思うのですが、戦前はそうではなかった。
感覚的には不思議だけど、日比谷の交差点から有楽町を過ぎて数寄屋橋交差点のあたりまでは「丸ノ内」という扱いでした。さらに広義にいえば、完全に銀座になる和光の時計台や三越くらいまで丸ノ内といってもおかしくなかったんです。

浅草というのは言い換えれば「庶民の街」であり、丸ノ内はブルジョワ、今風にいえばセレブの街になります。
このふたつの壁は想像以上に大きかったようで、街の雰囲気から行き交う人々のファッション、さらにはモノの値段まで、何から何まで違っていたそうです。

これが1960年代になると「上野的」と「新宿的」になります。
戦前の浅草と丸ノ内ほどの「差」はありませんが、それでも現今に比べたら壁はあったわけです。

新宿的というのは、行くたびに建物も店も変化している、高度成長期をそのまま街にしたようなところ、という意味で、渋谷や六本木も「新宿的」に含まれます。

一方、上野的とは、ですがその前に。
1950年代から1960年代にかけて、集団就職なるものがありました。
詳しくはWikipediaあたりを参照していただきたいのですが、主に東北地方の若者が集団就職という形で大挙東京に移住したのです。

東北地方の出身者の東京の玄関口は上野駅で、「集団就職上野駅に着いた若者たち」みたいな当時のニュース映像は、今でもいっぱい残っています。
こういう人たちにスポットを当てたのが、吉永小百合浜田光夫が主演した日活の青春映画で、大抵「地方から出てきて、貧しいながらも懸命に働く若者」みたいなテーマになっています。

集団就職ネタは、2005年に公開された「ALWAYS 三丁目の夕日」でも出てきており、堀北真希演じる六ちゃんは集団就職で東京に来て鈴木オートに就職する、という設定でした。
ALWAYS 三丁目の夕日」は東宝の配給でしたが実はかなり日活的、松竹的で、集団就職ネタに限らず、とくにそれを感じるのはランドマーク的に東京タワーが出てくるからなんです。

東京タワー。いうまでもなく東京スカイツリーができるまでは文句なしに東京の、いや日本のランドマーク的存在でした。
場所は芝公園。ゴミゴミしておらず、ワタシも何度も訪れましたが、とても雰囲気の良い土地柄です。

さて東京タワーのある芝公園は、地域的には六本木に近い。歩いて行くのはさすがにしんどいけど、品川や東京駅にも近く、戦前のカテゴリでいえば「丸ノ内的」に相当する場所のはずなんです。
しかし、東京タワーだけは少し違うというか、どうも上野とセットのような気がする。というか1960年代的光景としては集団就職とセットっぽいんですよね。

最初に書きましたが、東京タワーは電波塔です。正確には過去形ですが、あくまでテレビジョンの電波を飛ばすために建てられた施設です。
この間「紀元2600年の三つの幻」というエントリで、1940年にテレビの本放送が計画されていた、というような話を書きましたが、テレビの電波ってのは実は弱いというか意外と飛ばないんです。
そこで高い塔を建てて、そこから発信しなければならない。ちなみに東京タワーができるまでは、各局が自前の電波塔を建てていたんです。

ならば各局が共同で使える、そして各局が自前で持ってる電波塔よりもずっと高い塔を建てよう、という話になります。(ま、日本テレビはかなり後まで自社塔を使い続けましたが。詳細は長くなるので割愛)
んで、できたのが東京タワーなのですが、維持費捻出の意図があったんでしょう。展望室を設置するなどして「東京の新たな観光名所」としても売り出したわけです。

現存しませんが、以前は展望室にサテライトスタジオがあり、そこで公開番組の収録が行われていたそうです。泉麻人のコラムに公開番組を見に行った時のエピソードが記載されていますし、これは東京タワーの足元にあった東京タワースタジオに発展します。

それでも、どうも、東京タワーというと、最新鋭技術でつくられた電波塔、という感じがしない。理由はいろいろあります。今は雰囲気が変わりましたが、お上りさん向けの、木刀やペナントが売られているような古臭い土産物屋が並んでいた、なんてこともあります。

しかしそれよりも、1960年代の映画で、東京タワーが出てくるのは日活とか大映とかで多くて、モダニズムの代表の東宝映画ではあんまり出てこないんです。
田舎から出てきた若者が東京タワーの展望室で故郷への想いを馳せる、みたいな使われ方が、どうも多い。

だからワタシ的には東京タワーというと上野的な感じがしてしょうがない。少なくとも1960年代の時点でもお洒落をした若者が行くような場所ではなく、どうしても(とうに学校を卒業しているのに)学生服を私服代わりにしているニキビ面の純朴そうな若者のイメージなんですよねぇ。

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