~これでも仕事用です~

ダンスありき

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日本で最初のジャズソングのレコードは、二村定一が歌った「アラビアの唄/あほぞら(「私の青空」)」だったと言われています。
しかしジャズソングに限らなければ、レコードの登場は意外と早く、日本では明治時代にはすでに発売されていたのです。

正直、家庭でレコードプレイヤー(当時の言い方なら蓄音機)がどの程度普及していたのかは定かではないのですが、昭和期に入るとラジオとの相乗効果もあったのか、ヒットレコードも登場しはじめます。
しかし当時のレコードに吹き込まれたのは音楽だけではなかった。現今よりももっと雑多で、浪曲、都々逸、浪花節はもちろん、落語、漫才といった「音だけで価値があるもの」がどんどん吹き込まれていきました。

といっても、当時はSP盤と呼ばれるレコードでした。
録音時間も標準で3分と極めて短く、当然落語なんかは全部入るわけがない。両面合わせても、たかだか6分。
だからこの当時活躍した噺家で残っている音源はすべて「ダイジェスト落語」とも言うべきものになってしまっています。

しかもこのSP盤、非常に割れやすい。軽く落としただけでもパリンと割れてしまう。傷もつきやすく、これがSP盤特有のバチバチしたノイズの原因です。
もっとも当時は録音そのものが悪く、原盤が残っている場合でも悪音質のものが多いのですが。

さらにいえばレコード専門店などほとんどなく、東京でさえ数件しかなかったといいます。
ではどこで人々がレコードを買い求めていたのかというと、何と夜店の類いだという。大手のコロムビアやテイチク、ビクターなどはまだ取り扱ってる店はあったようですが、この頃あまたあったマイナーレーベルは、どう見ても正規でなさそうな店で買い求めるしかなかったのです。

そんな状況でも、レコードを聴くことを趣味とする人はいました。
もちろん蓄音機の値段が高かったので、やはりそれなりの家庭に限られた趣味でしょうが。まァ、戦前ならば高貴な趣味ということになったんでしょうか。仮に聴いてるのが落語や歌謡曲であってもね。

では戦前戦中までの人々が、あまり音楽に触れる機会がなかったのかというと、もちろんそんなことはありません。
まずは映画。とくにサイレント映画期はBGMを生バンドが演奏する劇場も多くありました。

さらにはステージ。今では演劇であれコンサートであれライブであれ、映画よりもずっと入場料の高いもの、といった認識ですが、当時はそんなことはなく、むしろ映画より気安い娯楽だったのです。
浅草などの下町の興行街はとくに安く、たいしてお給金をもらってない小僧でも気軽に観に行ける場所だったんですね。

そしてもうひとつ、忘れてはならないのがダンスホールです。
もう旧来のダンスホールは存在せず、意味が変わっちゃってダンスホール=レゲエ、みたいになってますが、ディスコでもクラブでもサパークラブでもない、踊るための施設がいくつもあったわけです。

踊るためには音楽が必要で、各ダンスホールにはお抱えの楽士、ま、バンドマンがいました。当然有名な、たとえばフロリダという一流のダンスホールなら一流の楽士が揃っている、という具合です。

演奏されるのは、昭和期に入ってからは何といってもジャズですが、途中からタンゴも主流になってきた。
タンゴなんて今ではかなり古臭いイメージですが、当時はジャズよりさらにモダンで、しかもシック、というのがウケていたのです。

ジャズ評論家の瀬川昌久氏にうかがったところ、一曲あたりの演奏時間は2、3分、とSP盤に収まるレベルの長さだったらしい。
これはダンスのパートナーにチケットを渡して、というシステム上の問題で、当然曲単位で相手が変わるということは店も潤うわけでね。

と書けばおわかりになると思いますが、当時のダンスはあくまで男女がペアになって踊るものでした。
ダンスだから当然身体を密着させるわけで、バンド演奏の素晴らしさ、ダンス自体の楽しさはあったとはいえ、性風俗の要素も皆無だったとはいえない。

もっと以前はダンスホールも男女同伴が基本だったといいますが、途中から女性の入場ができなくなった。
これはとある事件がきっかけですが、まァ話が長くなるので割愛。しかしこのことをきっかけに、上流階級の社交場といったニュアンスは消え、ダンスホールは大衆的な風俗になったのです。

つまり、今よりもさらに、音楽もダンスも煽情的なものだったのです。ま、もう少しソフトにいえば享楽的か。あんまりソフトになってないか。
性的なものと引っ付いているんだから、そういうイメージをもたれるのは、もうしょうがない。だからこそ警察はダンスホールを目の敵にしたし、1940年には風紀の乱れを理由にダンスホールが一斉閉鎖されることになるのです。

それでも純粋に、音楽を、そしてダンスを楽しんでいる人もいっぱいいた。
何より、この頃のジャズとはあくまで踊るための音楽だったのです。今様にいえばダンスミュージックで、ジャズを聴く=踊る、ということに他ならなかった。
仮に聴いてる客は踊らなくても、ステージでダンサーやコメディアンが踊るのが常であったわけで。

ジャズを聴いて、客もダンサーも誰も踊らない、というふうになったのは、理由はこれまた長くなるので割愛しますが、戦中からだったといいます。
しかし本格的に「踊らずにしかめっ面でジャズを聴く」ようになったのは、戦後のモダンジャズの登場以降でしょう。

どうもジャズというと今ではモダンジャズの印象が支配的で、目をつむってジッと聴く、みたいなイメージになっていますが、本来踊るための音楽なわけで、ワタシはどうも、モダンジャズがあんまり好きじゃない。
というか、ジャズに限らずなんだけど、ダンスミュージックが好きなんです。自分が踊るわけじゃないんだけど。

ここでもジャズがどーたらとか書いてますが、もしかしたら勘違いされてるかも、と思って本エントリを書いてみたのですが、はっきりいいます。ワタシは辛気臭い音楽は嫌いです。
仮に踊らなくても、踊りたくなる、そんな音楽にしか興味が湧かないんですよねぇ。

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