~これでも仕事用です~

モダニズム映画鑑賞記5「さくら音頭」

f:id:gumiyoshinobu:20161130150707j:image

うーん、これを「モダニズム映画」として扱っていいものやら。わずかにダンスホールのシーンにモダニズムっぽさはありますが、全体としては「プロレタリア・メロドラマ」といった内容なのです。
とにかく今回は、P.C.L.映画第五作目の「さくら音頭」(1934年)の話です。

さて、まずは「さくら音頭」とは何ぞや?というところから話を始めます。
とは書いたものの、「さくら音頭」の実態がまったくわからないのですが、1934年に入ってすぐ、「さくら音頭狂騒曲」とでもいうべき騒動が勃発します。

「さくら音頭」というタイトルの曲が、ビクターを皮切りにレコードが大手四社(他はコロムビア、テイチク、ポリドール)の競作で発売され、さらに今回取り上げたP.C.L.版を含めて五社(他は日活太秦、松竹蒲田、新興キネマ、大都映画)にて映画も競作で作られ、さらにステージでも日劇や東京劇場、他中小の劇場で舞台化されたらしい。

とにかく、こう書くだけでも流行ったっぽいというのはわかっていただけると思うのですが、肝心の、一番根本の部分が一切わからないから困るわけでして。

まず音楽。各レコード会社から発表された「さくら音頭」は、作詞家も作曲家も歌手もすべて違う。つまり同一なのはタイトルだけで、歌詞もメロディもまったく違う「さくら音頭」が4種類もあったということです。
映画にしたところでストーリーはバラバラで、つまり「さくら音頭」という言葉だけが先行し、内実は何の共通点もないのです。

日本の流行史の中でも、こんなにわけのわからない流行はない。しかもさっきからブームだの流行だのと書いてますが、盛り上がっていたのは興行界だけで、一般の間ではそれほど盛り上がった形跡もなければ定着もしていない。

たぶん仕掛け人がいて、「さくら音頭」なるものを流行らせようとしたんだろうけど、もう80年も経っているのによくわからないってのもすごい。
マジで、いったい誰が、いや仕掛け人云々はいいんだけど、この狂騒曲で誰が儲けたんだろ。

ブームの実態がわけがわからないのなら、P.C.L.版「さくら音頭」も、かなりわからない映画です。
映画の始まりは、まるでビクター版「さくら音頭」のプロモーションビデオの如きで、続いて始まる本編は「さくら音頭」という曲と何らリンクしていないのです。

f:id:gumiyoshinobu:20161130150722j:image
↑ 映画のタイトルよりも、こっちのが先に出てくる

一応BGMに同曲が流れたり、ダンスホールの名前がチェリーダンスホールだったりしますが、そういうのを全部剥ぎ取っても違和感がないくらい「さくら音頭」と関係ないのです。
だいたい「音頭」ってなくらいだから、曲そのものはご陽気なのに、映画の筋はこれでもかというほど暗くてジメジメしている。

しかしこれこそ、この映画を含めてP.C.L.映画のメイン監督だった木村荘十二の本質なのです。
これまで木村荘十二(「そとじ」と読みます)という人にはあまり触れていませんでしたが、ちょっとスポットを当ててみましょう。

『(木村)荘八は大正昭和に活躍した画家で、随筆家です。「濹東綺譚」の挿絵が最も知られています。この人のお父さん木村荘平は奇人で、火葬場、宿屋、肉屋まで手広く商売していた。(中略)木村荘八は(中略)八男です。(異母)兄弟姉妹に、長男で小説家の荘太、弟の荘十、映画監督の荘十二、姉で小説家の曙がいます。』(山本夏彦著「誰か「戦前」を知らないか」より)

ひとつだけ注釈をつけるなら、荘八、荘十、荘十二、曙(実際はもっと兄弟がいる)は荘平の妾の子、つまり全員異母兄弟でした。
このように、かなり特殊な環境で育った荘十二は映画界に身を投じますが、反骨心旺盛だった荘十二が新興キネマをクビになったのはストライキの元凶だったと睨まれたためです。

P.C.L.に拾われる形になった荘十二は期待に応えメイン監督になるのですが、おそらく自分を殺して軽妙な音楽喜劇を撮り続けました。
しかし以前紹介した「純情の都」のように、ラストに突然悲劇を挿入したり、徐々に「地金」を出してきた荘十二は、ついに本作で本領といえるプロレタリア物(日本では貧困と訳される場合が多い。数年前にプロレタリア文学の第一人者である小林多喜二の「蟹工船」が話題になりましたね)に手を出します。

それにしても、本来、というか、これまでP.C.L.で作ってきた音楽喜劇と本作はあまりにも「色合い」が違いすぎます。
当時の日本で、他社を含めてここまで本式のプロレタリア映画はなく、ましてや明るく楽しいがモットーのP.C.L.映画としてよく作られたな、と思うのですが、やっぱりこれはカラクリがあると思う。

P.C.L.はブームに便乗する形で「さくら音頭」の映画化を目論んだ。しかも出来るだけ早く仕上げたい。各映画会社が競り合う状況なので、多少粗製でもいいから「さくら音頭」と名のつく映画が作れないか。
そこで木村荘十二が出していた企画がせり上がる。内容が内容なのでペンディングになっていたが、この際一から企画を上げる時間もないので、木村荘十二の案の冒頭に無理矢理「さくら音頭」をねじ込んで「さくら音頭」のタイトルで封切る。

以上、まったくの想像です。しかしそうは外れていないと思う。
劇中でのタイトルは「さくら音頭」と出るだけですが、今は他社の同名作品と峻別するためか「涙の母」というサブタイトルがついています。
もしかしたら、木村荘十二が出した企画のタイトルが「涙の母」だったんじゃないか。で、それが今ではサブタイトルになったと。

本作以降、木村荘十二は従来までの軽い音楽喜劇も手がける一方、「からゆきさん」などのプロレタリア映画も作り、やがて一線から離れていきます。
さすがに時代背景関係なく、これ以上「そっちの色(どんな色かはあえて書きませんが)」となると商業映画の範疇から外れてしまう。
戦後は児童映画や反核映画を手がけたと言われますが、ワタシは戦後作品としては「うなぎとり」という中編のセミドキュメンタリーふう児童映画しか知りません。

正直「さくら音頭」はまったく好きなジャンルの映画ではありません。こんな暗くて生真面目な内容を見せられると、こっちまで気が滅入ってしまう。
でもワタシの好みじゃないだけで、作品としてはそこまで悪くない、とも思う。その後の監督にも影響を与えたんじゃないかと思えるようなテクニックも散見されます。

まァ、思想的なことは、もしかしたら一番どうしようもないかもしれないんだけど、でも、木村荘十二が軽妙路線でずっとやってくれたらな、とは思わずにはおれないのです。

広告を非表示にする